東京地方裁判所 平成2年(ワ)5678号 判決 2000年3月27日
原告
キッセイ薬品工業株式会社
被告
白鳥製薬株式会社
(以下「被告白鳥」という。)
外八名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告と被告白鳥、同三恵、同進化、同菱山製薬、同ソルベイ、同科研、同扶桑との間においては、原告に生じた費用の五分の四を右被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告ニッショー、同菱山製薬販売との間においては、全部原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告三恵及び同白鳥は、原告に対し、連帯して金七億二〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告三恵及び同進化は、原告に対し、連帯して金一億〇三五四万七二六四円及びこれに対する平成五年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告ソルベイ及び同科研は、原告に対し、連帯して金一億八二五三万〇五三〇円及び内金一億五七九一万二二八五円に対する平成四年四月一日から、内金二四六一万八二四五円に対する平成五年一月一九日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告ソルベイは、原告に対し、金六九五三万八七二二円及びこれに対する平成五年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 被告扶桑は、原告に対し、金二億三五七二万七八三九円及びこれに対する平成五年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
六 被告菱山製薬、同ニッショー、同菱山製薬販売は、原告に対し、連帯して金二億二二九四万九九四六円及びこれに対する平成五年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
原告は、新規物質トラニラストの生産方法の発明について特許権を有していたところ、トラニラストを製造、販売した被告らの行為が右特許権の侵害に当たると主張して、被告らに対し、特許法一〇四条の推定規定の適用を前提として損害賠償を求めた。これに対し、被告らは、その製造、販売したトラニラストは、右特許発明に属さない方法により生産されたと主張して争っている。
一 前提となる事実(証拠を示したもの以外は争いがない。)
1 原告の特許権
原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」、その発明に係る方法を「本件発明方法」という。)を有していた。本件特許権は、平成五年一月一八日満了した。
(一) 発明の名称 新規芳香族カルボン酸アミド誘導体の製造方法
(二) 出願日 昭和四八年一月一八日
(三) 出願公告日 昭和五六年九月二二日
(四) 登録日 昭和五七年五月一四日
(五) 登録番号 第一〇九六七二四号
(六) 特許請求の範囲 別紙「特許出願公告公報」写しの該当欄記載のとおり(なお、右公報には、目的物質の一般式のR2とCが二本線(二重結合)で示されているが、これは、公報掲載時の印刷上の誤りであり、一本線で示されるのが正しい。)
2 トラニラスト
(一) 右特許請求の範囲における目的物質である芳香族カルボン酸アミド誘導体のうちに、一般名を「トラニラスト」、化学名を「N―(3、4ージメトキシシンナモイル)アントラニル酸」と称される別紙目録記載のとおりの化合物(以下「トラニラスト」という。)がある。
(二) トラニラストは、本件特許権出願前に国内において公然知られた物ではない原告の開発に係る新規な医薬品であり、経口投与によるアレルギー性疾患の治療に優れた効果を有する(甲二、四)。
原告は、トラニラストを含有する薬剤を、「リザベン」の商品名で、昭和五七年八月から製造、販売している。
3 被告らの行為
被告らは、いずれも業として、以下の行為を行った。
被告白鳥は、被告三恵の委託により、遅くとも昭和六三年一〇月から本件特許権の満了日である平成五年一月一八日まで、トラニラスト原末を製造し、被告三恵に販売し、被告三恵は、これを販売した。
被告進化は、トラニラスト原末を被告三恵から仕入れ、遅くとも平成二年四月から右満了日まで、トラニラスト製剤であるシンベリナカプセルを七一九万カプセル製造し、遅くとも平成二年六月から右満了日まで、このうち五五二万〇五〇〇カプセルを販売した(そのうち五一〇万カプセルは被告三恵に販売した。)。被告三恵は、遅くとも平成二年六月から右満了日まで、これを販売した。
被告ソルベイは、遅くとも平成二年四月から右満了日まで、トラニラスト製剤であるベセラールカプセル、ベセラールドライシロップを製造し、これを被告科研に販売したほか、消費者に直接販売した。さらに、被告科研は、遅くとも平成二年四月から右満了日まで、これを販売した。
被告扶桑は、平成二年四月から右満了日まで、トラニラスト製剤であるバリアックカプセル、バリアック細粒、バリアックドライシロップを製造し、販売ないし無償譲渡した。
被告菱山製薬は、平成二年六月から右満了日まで、トラニラスト製剤たるチタルミン錠を製造し、平成二年七月から右満了日まで、これを被告ニッショーに販売した。被告ニッショーは、平成二年七月から右満了日まで、これを被告菱山製薬販売に販売した。被告菱山製薬販売は、平成二年七月から右満了日まで、これを販売した。
なお、被告進化、被告ソルベイ(旧商号・幸和薬品工業株式会社。以下、旧商号により表示する場合には、単に「幸和」という。)、被告扶桑、被告菱山製薬などのトラニラスト製剤を製造する者を「製剤メーカー」という場合がある。被告らの製造したトラニラスト製剤を「被告製剤」という場合がある。
二 争点
1 各製剤メーカーが製造、販売したトラニラスト製剤は、被告白鳥の製造に係るトラニラスト原末を使用したものであるか。
(被告らの主張)
被告白鳥は、被告三恵に対し、トラニラスト原末を6526.8キログラム販売した。次いで、被告三恵は、被告菱山製薬、被告進化、被告ソルベイ、被告扶桑その他の製剤メーカーらに対し、右原末を販売した。なお、右原末は、被告三恵の指示に従い、被告白鳥から各製剤メーカーに直接納入された。
被告進化は前記シンベリナカプセルを、被告ソルベイは前記ベセラールカプセル、ベセラールドライシロップを、被告扶桑は前記バリアックカプセル、バリアック細粒、バリアックドライシロップを、被告菱山製薬は前記チタルミン錠を、それぞれ製造したが、これらは、いずれも被告白鳥の製造に係るトラニラスト原末を使用したものである。
(原告の反論)
被告らは、本件損害賠償請求の対象とされた全期間について、被告ら製剤メーカーが使用したトラニラスト原末のすべてにつき、被告白鳥から購入したものであることを、立証する必要がある。特に、本件においては、従前共同被告である竹島製薬株式会社が、被告白鳥から原末を購入した旨主張していたにもかかわらず、被告白鳥から購入していなかったことが明らかになっている。そのような経緯に照らすならば、少なくとも、被告白鳥におけるトラニラスト原末の製造量、販売量、被告三恵の販売量、被告ら製剤メーカーの使用量、販売量、在庫量のすべてが一致するのでなければ、立証としては十分とはいえないが、そのような立証はされていない。
2 被告白鳥は被告主張方法を用いてトラニラスト原末を製造したか。
(被告らの主張)
被告自鳥は、別紙被告主張方法目録記載の方法(以下「被告主張方法」という。)を用いて、トラニラストを製造した。
(一) 製造記録等によれば、被告主張方法によったことは明らかである。
(1) 被告主張方法は、原料として、3、4ージメトキシ桂皮酸(以下単に「桂皮酸」という場合がある。)と無水イサト酸を用いる。購入書類から裏付けられる二つの原料の購入量は、収率六十数パーセントとして(検分記録、甲二五、丁一)、得られた原末の量に対して必要十分である。合成工程で粗結晶ができ、精製工程で精製結晶ができる。記録におけるその量は相互に対応し、化学的合理性の範囲内である。精製工程で得られた一次精製晶に、母液から回収された結晶を加えた量は、次の乾燥工程での処理量に合致する。乾燥工程で得られた最終原末量は、被告白鳥が自ら保有したであろう量を勘案すると、被告白鳥から製剤メーカーに送付した量と一致する。具体的には、以下のとおりである。
(2) 被告白鳥は、製剤メーカーらに対し、トラニラスト原末を6526.8キログラム提供している。
被告白鳥がトラニラスト製造のために購入した桂皮酸の全量は六六二〇キログラムである。このうち、実際に製造のために使われたのは、六四八九キログラムであった。すなわち、製造記録によれば、被告白鳥でトラニラスト原末の製造は五七回(五七バッチ)行われた。一バッチに使われる桂皮酸の量は一一四キログラムであるが、一回だけ一〇五キログラムであった(乙五四九)。したがって、合計は六四八九キロである。そうすると、桂皮酸を基準とした収率は、六十数パーセントである(検分記録、甲二五、丁一)から、得られた原末の量に対して桂皮酸の購入量は、必要十分である。
なお、収率の算定方法は、以下のとおりである。被告主張方法では、桂皮酸と無水イサト酸は理論的には等量(一モル対一モル)を用いる。しかし、実際には、桂皮酸の方が高価なので、それが完全に反応し消費されるように、桂皮酸一モルに対し、無水イサト酸を一モル以上用いる。したがって、収率は、桂皮酸を基準に計算する。桂皮酸よりトラニラストの方が分子量が大きいので、一〇〇パーセントの収率とは、原料一〇〇(重量)に対し、トラニラスト157.2である。収率64.5パーセントとは、桂皮酸一〇〇からトラニラストが101.4できることである。
(3) 被告白鳥が購入した無水イサト酸の全量は八二〇〇キログラムである。同被告は購入後精製したので、トラニラスト製造のために使用した無水イサト酸の量は約八〇八五キログラムである。それは、各一三四キログラムの使用量の五七回分(工場検分を含む。五五回目の使用量はやや少ない121.3キログラムである。)の7625.3キログラムを優にまかなっている。必要量をやや上回る程度購入したことは、製造記録の信憑性を裏付けるものである。
(4) 被告白鳥が製造した精製結晶は、合計5476.4キログラムである。母結工程において、母液から得られる結晶は、一次精製晶の約四分の一であるが、実際には、1393.2キログラムである。両者を合わせた結晶を乾燥工程で取り扱うが、乾燥工程で重量は少し減るから、乾燥工程で得られた最終原末量の六五三七キログラムは、これに対応している。この最終原末量は、製剤メーカーらに対する前記供給量6526.8キログラムと付合している。
(二) 被告白鳥の製造記録に記載された被告主張方法が実施可能であることは、丁一号証、八四号証によって立証されている。原告の実験(甲二五)ですら、それを裏付けている。
(三) 被告主張方法は、被告三恵が有する特許(登録番号第一四五三二〇一号。以下「三恵特許」といい、その発明を「三恵特許発明」という。)に基づくものである。
また、被告らの販売するトラニラストは、医薬品製造承認書(乙三の二)の別紙(1)に記載されているように、被告主張方法により製造することを前提として、平成二年三月五日付で厚生大臣の製造承認(乙三の一)を受けている。
(四) HPLC不純物分析の結果(丁一、八四)によれば、本件発明方法による生成物に含有される不純物が市販製剤にはなく、本件発明方法による生成物には見られない多くの不純物が市販製剤にある。さらに、本件発明方法による生成物に存在せず、被告主張と方法による生成物に存在する不純物が、市販製剤にも存在する。
すなわち、株式会社東レリサーチセンターのHPLCによる不純物解析(丁八四)によれば、本件発明における明細書記載の実施例(以下「実施例」という場合がある。)1による生成物中に見られる42.475分、54.084分のピークは、市販製剤には見られなかった。逆に、実施例1の生成物には見られない60.3分、84.3分、108.1分、122.0分、255.9分のピークが、市販製剤には見られる。この五つのピークは被告主張方法の生成物にはすべて見られる。実施例3についても同様である。したがって、市販製剤中の原末は被告主張方法により作られたものと当然推認される。(なお、実施例1、3を選んだのは、共にトラニラストを作る実施例であって、1の酸クロリド法、3の混合酸無水物法は、この種の反応に用いる原料の酸誘導体として通常のものだからである。その他の実施例は、収率が低く、使用の可能性は問題とならない。)
また、HPLCチャートにおいて、製剤メーカーらの製品を被告主張方法による生成物及び実施例1の生成物と対比すると、実施例1のHPLCチャートは87.505分のピーク以下ほとんどフラットであるのに対し、被告主張方法のチャートはそのあたりにいくつもの小山があり、255.929分に大きなピークがあるものであって、製剤メーカーらの製品のHPLCチャートは被告主張方法による生成物のHPLCチャートに酷似している。実施例3のHPLCチャートも同様である。
(五) 被告白鳥は、被告三恵と共に、製剤メーカーらに対し、提供する原末は三恵特許方法によって作ることを約束し、将来侵害訴訟が提起された場合には責任を持つことを保証している。したがって、被告白鳥が異なる方法で原末を製造すれば、製剤メーカーらへの原料提供を主たる業務とする被告白鳥の営業は大打撃を受ける。また、製剤メーカーらはいつでも被告白鳥の原末製造の状況を見ることができる。仮に、被告白鳥が本件発明方法を使用して原末を製造して、製剤メーカーらが侵害訴訟で敗訴した場合には、被告白鳥は、敗訴した製剤メーカーから多額の求償を受けることになる。このような事情に鑑みると、被告白鳥が本件発明方法を使用することは考えられない。
(六) 本件発明方法は、経済的な方法ではない。営利企業である被告白鳥がこれを実施すべき合理的な理由はない。原告ですら、自らの他の特許明細書においては、本件発明方法では純品がとれず、環境にも害があると強調しているほどである。原告も、本件発明方法によりトラニラストを製造していない。
本件発明の収率を前提とすると、被告白鳥が購入した量の桂皮酸から、製剤メーカーらに提供した量のトラニラストを得ることはできない。原告の実験(甲四四)における一次結晶の収率は、55.6パーセントである。同号証に純度の記載のないこと及び被告白鳥による追試の結果に照らすならば、この数値は信用できない。仮に、本件発明における達し得る最大限の収率と考えたとしても、本件発明方法では、被告白鳥が製剤メーカーらに提供した量のトラニラストを得ることはできない。被告が本件発明方法を厳密に追試した結果は、収率二七パーセントであるので、右収率では、到底不可能である。
実施例によっては、純度のよい医薬品たり得るトラニラストが得られない(丁八四の三)。また、実施例は、被告主張方法と異なり、再結晶溶媒がクロロホルムであり、クロロホルムの量が規格より多すぎるから、精製を繰り返しても医薬品としてのトラニラストを得ることはできない。
(七) 確かに、被告白鳥が工場検分において実施した方法による生成物は、TLC分析により単一のスポットを示さなかった。しかし、そのことは、工場検分の結果、被告主張方法によりトラニラストができなかったことを意味するものではない。むしろ、工場検分の結果は、被告主張方法により医薬品たるトラニラストを得られることを示している。工場検分のように、通常とは異なる規模及び装置の精製においては、不具合が生じ得るのであるから、通常の工業生産における精製において、常に単一スポットを示さないということはできない。精製が不十分であるならば、更に精製すればよいだけのことであるから、実施不能ということを意味しない。
丁一号証によれば、被告主張方法により得たトラニラスト原末は単一のスポットを示すことが、明らかである。これに対し、本件発明方法による生成物は、単一のスポットを示さないばかりか、クロロホルム含有量の点でも医薬品たり得ないのであり、医薬品たるトラニラストは到底得ることはできない(丁八四)。
(原告の反論)
被告白鳥が被告主張方法を用いてトラニラストを製造したとの点は否認する。特許法一〇四条の推定は覆滅されていない。
(一) 被告らは、特許法一〇四条の推定を覆滅するために、以下のような立証をすべきであるが、そのような立証はされていない。
まず、被告らは、被告白鳥がトラニラスト原末の製造を開始した昭和六三年一〇月から特許期間が満了した平成五年一月一八日までの全期間にわたり、製造に係るトラニラスト全量につき、全工程の具体的製造方法を立証する必要がある。
また、被告白鳥の製造に係るような後発医薬品については、先発医薬品との間に医薬品としての「同一性」がなければならないため、その品質については、先発医薬品と同様のTLC分析における「単一のスポット」を示すことが必要となっている。医薬品製造承認書(乙三号証)の別紙(2)「トラニラスト規格及び試験方法」「純度試験(6)類縁物質のⅰ)及びⅱ)」の項に「単一スポット」と明記されているとおりである。したがって、被告らは、TLC分析における「単一のスポット」を示すトラニラストを製造していることを立証する必要がある。
さらに、被告らは、原薬GMPで義務付けられた規制に従った記録に基づいて立証を行うことが必要である。
(二) 被告主張方法は、以下のとおりの理由から、被告白鳥が行った実際のトラニラスト製造方法とは異なる。
被告らは、トラニラストの粗結晶までの工程の主張、立証で足りると主張し、裁判所、原告からの度重なる指摘に対しても、精製工程の開示も立証も拒み続けた。このような不自然な訴訟経緯に照らすと、被告らは現実に実施していたトラニラスト製造方法を開示していなかったものと考えざるを得ない。
被告らは、被告白鳥の工場検分を提案し、平成四年一一月に実施された。当初の提案では精製工程を欠き、原告の指摘で漸く実施することになったが、その精製工程も、およそ不自然なものであった。すなわち、被告らが検分直前に主張した精製工程は、ソルミックス再結晶により一次晶を得、複数ロットの母液を合わせて濃縮して母結を得、その母結に特別の処理をして二次晶を得た後、全く別のロットの一次晶と混合する、というものである。被告らの主張によれば、二次晶の母液の母結から更に精製したという「回収母結精製品」なるものまで存在し、全く異なるロットの一次晶と二次晶を混合するだけではなく、全く異なるロットの製品の一部を連続的に混合するという複雑な精製工程、ロット構成となる。これでは、万一、いずれかの製品で事故が発生した場合に、原因となった元々の製品の特定も、一次晶・二次晶の特定も、原因となった工程の特定もできないことになり、医薬品の製造工程としては、著しく不合理なものといえる。
被告らは、医薬品トラニラストの製造方法として、二つの異なる方法を主張したが、このような主張経緯は不自然である。すなわち、被告白鳥は、平成二年一一月二一日に主張した製造方法と、平成四年の工場検分の直前に主張した製造方法とは、トラニラスト原末の製造方法として異なる。前者においては、生成した粗トラニラストをエタノールで精製する方法であるのに対し、後者は、被告らが製造承認を受けた製造方法では使用できないソルミックスで精製する方法であり、製造方法として異なる。
(三) 被告らが提出した製造記録は、提出の経緯等から見て信憑性がない。
(1) 被告らが平成七年五月一八日以降に提出した製造記録は、その提出時期から見て、証拠としての価値がない。
被告らは、被告白鳥の製造記録であるとして、工場検分の時期までに、乙五号証ないし四〇号証を提出したが、これはわずか三ロット分のみである。この時点で被告白鳥のトラニラストの製造は、ロット数にして、五五ロットに及んでいる。被告らは、原告及び裁判所の訴訟指揮によって、再三にわたり製造記録の提出を求められながらも、それを拒み続けていた。
その後も被告らは、一斉に製造記録を提出することをせず、平成一〇年九月二九日に至り、新しく丁四ないし三五号証として、特許期間満了後の再結晶工程、乾燥、包装工程についての製造記録を提出した。長く時が経過した後に、社内文書に当たる工場記録の類を以前に提出した分と平仄を合わせて作成することは容易なことである。このような証拠の提出方法は、民訴法一五六条の定める適時提出主義にも明らかに違反する。
(2) さらに、被告白鳥は、以下のとおり、すべての製造記録を提出していないことからみても、被告主張方法を工場で実施していないと考えられる。すなわち、被告白鳥は、①平成二年三月以前のSP―85と呼ばれたトラニラストに関する製造記録、②使用原料の無水イサト酸の精製に関する記録類、③一次晶及び二次晶の試験・検査に関する記録類を提出していない。
仮に、被告主張方法が実際に工場で実施されたとするならば、当然提出されてしかるべき証拠が提出されていない。すなわち、現在まで、文書提出命令の対象となっているのに提出されていない文書や、医薬品トラニラスト原末の製造販売業者として、当然作成保管しているべき文書であるのに提出のない文書(GMP基準で義務づけられている文書)があり、また、被告主張方法の開発時の試作実験記録、実験室における実験室データは一切提出がない。
(四) 被告白鳥の製造指図書・製造記録書は、その内容に、以下のとおり、不自然な点があるから信用できない。
(1) 被告らは、酸処理工程(塩として合成されたトラニラストを遊離の酸とする工程)がトラニラスト生成の為に必須不可欠の工程であると主張するが、右酸処理工程は、多量の結晶が析出して反応液が固化し撹拌も困難であり、pHを約3とする調整は極めて困難である(甲六)。
(2) 粗結晶収量が一定しない。
すなわち、被告白鳥の製造記録は、原料仕込み量や反応条件等が一定の内容となっているが、水洗・ろ過粗結晶の収量は最大一三四kgもの差があり、クロロホルム洗浄後の乾燥粗結晶量は最大八〇kgもの差が生じている。その上、水洗・ろ過粗結晶からクロロホルム洗浄後、乾燥粗結晶の収量もバラつきがあり、一三四kg減量しているものから、逆に一一kgも増量しているものまで存在している(甲四四)。
一般に、工場規模で薬品を製造する場合、同一収量が得られるはずであるから、被告白鳥の製造記録の各工程は、確立した工場製法と考えるのは不自然である。
(3) 製造記録におけるロット構成に不自然な点がある。
すなわち、被告白鳥の製造記録によれば、例えば、ロット四〇〇三〇三は、九〇年三月二六日に製造されたこととなっている(乙三七)。他方、乙五一九号証(製造指図書)によれば、「先行のものと一緒のロットにする」として四月二六日に新しい四〇〇三〇三が製造されたことになる。この四月二六日の新しい四〇〇三〇三は、三月二六日の旧四〇〇三〇三の製品の一部五〇kg(最終包装品二ドラム)及び製品端数九kgの一部7.5kg、四〇〇三〇一の製品端数一一kg、四〇〇三〇四の製品の一部二五kg(最終包装品一ドラム)及び四〇〇三〇六の製品端数一四kgの一部6.5kgを混合したとしている。
しかし、①この混合・包装作業に関する製造記録及び製品試験記録は存在しない(乙五一九)。②旧四〇〇三〇三の最終包装形態となっている製品五〇kg(二ドラム)及び四〇〇三〇四の最終包装形態となっている製品二五kg(一ドラム)を使用するには、それぞれ折角ファイバードラムに詰めたものを、わざわざ崩して混合・包装しなければならず、合理性がない。③四〇〇三〇三については、四月九日に被告ソルベイに一五〇kg販売し(乙一二四)、さらに三月三〇日及び五月二一日に竹島製薬に1.5kg及び一〇〇kg販売したことになっている(乙三八一)。この間被告白鳥では、四〇〇三〇六まで一三ロット(約二五〇〇kg)の製造が完了していたのだから供給量に問題はないはずである。4同様の不合理なことが、四〇〇三〇五、四〇〇五〇二、四〇〇八〇一でも行われている。
以上の事実は、既に出荷した製品の出荷量につじつまを合わせるために製造記録が作出されたことを示す。
(4) 製造指図書が欠落している。
すなわち、製造指図書は、原薬を一定の品質で製造することの確実性を担保するため、現場の作業員の誰もがそれを見て、同一の作業ができるよう記載されていなければならない(原薬GMP七条)。しかし、被告白鳥の製造指図書は、各工程の終了段階でHPLC試験やTLC試験の実施が指示されているが、次工程に進めて良いか否かの合否の判定基準が示されていない。また、精製工程の指図書では、「手順13)」の作業(冷却・撹拌と思われる)として撹拌の実施及びその作業条件の指図が欠けているので当該操作はできない。
このようなものでは、原薬GMP上要求される指図書とはいえず、工場でトラニラストを製造することはできない。
(5) 中間品及び製品を混合しているのは不自然である。
すなわち、原薬GMP上、ロットの異なる中間品又は製品同士の混合が認められるのは、混合される対象ロットとの同一性や均質性が確認される場合に限られる(原薬GMP二条七号)。
しかし、被告白鳥の製造記録書の「乾燥・混合・粉砕」工程に送られる精製品については、精製工程後のwet状態でTLC試験がされている。このように、精製後のwet状態のままでTLC測定をしても混合される対象ロットとの同一性や均質性の確認はできない。しかも乾燥され、品質試験が完了した製品を、未完成で品質試験も行われていない中間品の精製品と混合しているものまである。全く異なるロットの、しかも製造工程のステージも異なる中間品と製品を混ぜ合わせることは、製品の均質性を確保できないばかりか、万一事故があったときにはその原因究明すら難しくするものであり、当業者として考えられない方法である。このような操作は、原薬GMPに違反したものであり、到底、現実のものとは考えられない。
(五) 工場検分の結果は、被告白鳥が被告主張方法と異なる方法によりトラニラスト原末を製造していることを示している。
工場検分は、平成四年一〇月二二日から同年一一月四日までの一四日間にわたり、原告及び被告白鳥の代理人・補佐人及び被告白鳥の選任に係る千葉大学薬学部教授坂井進一郎教授の立会の下に実施された。原告は、一回限りの予め準備された工場検分は、工場においてトラニラストを継続的に製造していたことを明らかにする適当な立証方法ではないという留保の下に立ち会った。ところが、工場検分において製造されたトラニラストは、被告白鳥が製造、販売していたトラニラスト原末と同一性が否定されるものであった。
工場検分において実施された方法は、以下のとおり、製造記録記載方法と異なる方法であるから、工場検分は、被告白鳥が製造記録記載の方法でトラニラストを製造したことを立証するものではない。①工場検分では、製造指図・記録書に全く記載されていない工程を実施したり、製造指図・記録書に明確に記載されている工程を無視して実施している。「トラニラスト精製工程」の「ろ過」工程について、指図されていない操作が実施され、同じ「ろ過」工程について、明確に指図されている「操作9)」から「操作12)」については全く実施されなかった。「トラニラスト精製母結」の「トラニラスト精製工程」の「ろ過」工程についても、指図されている操作が実施されなかった。②「トラニラスト反応工程」の「PH調整・晶析」工程における「操作7)」の「指示値または工程管理値」の欄に「3N塩酸 pH≒3」と記載されているのに、工場検分における実施方法では、「3N塩酸」は使用されず、「PH≒3」に調整することもできなかった。③収量について、原薬GMPには、製造指図書に「各製造工程における中間体又は製品の理論収量」を記載することが義務付けられており(原薬GMP第七条)、製造管理者は、製造指図書どおりに製造されているかを管理しなければならないとされ、製造に当たっては標準収量を厳格に管理しなければならない(なお、理論収量は標準収量を含めた意味である)。しかるに、工場検分における実施方法では、製造指図・記録書記載の収量とは全く異なる収量のトラニラストが得られた。しかも、製造指図・記録書には、「工程収率」の「標準」の欄はあるもののほとんど設定されておらず、たまに「100」と記載されているに過ぎない。このように製造指図・記録書と全く異なる結果を示した検分における方法は被告主張方法ではないのみならず、そもそも、原薬GMPで義務付けられている管理を全く行っていない製造指図・記録書が真実の記録書であるはずがない。
工場検分の実施が決められてから実施するまでに六か月もの準備期間があったにもかかわらず、工場検分時においては、被告白鳥工場製法の重要な工程である加熱工程、pH調整・晶析工程、クロロホルム洗浄工程というトラニラスト粗結晶に至るまでの工程、さらには工場検分時に初めて開示されたクロロホルム洗浄後の精製工程までもが再現できなかった。
この点につき、被告白鳥は、当初は、工場検分において精製工程まで行う予定がなく、通常と違う半分のスケールで操作をしたために、製造記録との相違が増大したと主張するが、製造記録によれば、検分猶予期間中に被告白鳥が精製工程を実施していたことが明らかである(乙四五七の二ないし四六二の二)から、右の主張は理由にならない。仮に、精製工程が被告白鳥における確立した工業的方法であったとしたならば、当然工業化の段階で徐々にスケールアップして現在の方法を確立させたはずであるから、工場検分時と同様の半分程度のスケールで実施されたこともあったはずであり、弁解は成り立たない。
(六) 被告白鳥が無水イサト酸を購入した事実があったとしても、そのことは、被告白鳥がトラニラストを被告主張方法で製造したことを推認させるものとはいえない。無水イサト酸は汎用性の高い化学物質であり、さまざまな使い道がある。また、無水イサト酸は比較的不安定な物質で、容易にアントラニル酸に変換することができる。したがって、被告らは、無水イサト酸がそのままの形でトラニラスト製造に使用されたことまで立証する必要があるが、そのような立証はない。
また、被告白鳥は、購入した無水イサト酸を精製した上で、被告主張方法によりトラニラストを製造した旨主張している。ところで、被告白鳥は、当初、購入した無水イサト酸の純度は約九〇%であると主張した。これに対し、原告が、購入量が使用量に満たない旨反論したところ、被告は従前の主張を翻して、その純度は九九%であると主張を変更した。被告白鳥の無水イサト酸の受け入れ規格は九六%以上と記載され(乙四)、純度九九%はその受け入れ規格を満足しているにもかかわらず、被告白鳥は精製したとしている。普通、九九%以上もの純度を持っている原料を精製して使用することは考えられない。被告白鳥は、桂皮酸の精製を行っていない。無水イサト酸だけなぜ精製する必要があるのか理解できない。被告白鳥は無水イサト酸の精製は、色抜きのためである旨主張しているが、その後の反応工程でトラニラストは様々な不純物により着色されるから、当初の段階で色抜きなどする必要はない。しかも被告白鳥は、無水イサト酸の精製に関して、一切の記録類を提出しない。このように、無水イサト酸を精製した旨の被告白鳥の主張は不自然なものであることに照らすと、被告白鳥が、無水イサト酸を他の目的に使用したり、無水イサト酸のまま使用しなかったことを疑わざるを得ない。
被告らは、被告製剤メーカーらの製品「バリアック」についてのHPLC不純物分析チャートにより、無水イサト酸に相当するピークが見られるとしている(乙二二、二三)。しかし、被告らが主張するHPLC不純物分析チャートにおけるピークが無水イサト酸に相当するものであるとする根拠はないし、「シンベリナ」及び「ルミオス」には、HPLCチャートにおいて、相当するピークは見られない(甲一九)から、「バリアック」製剤の一ロットのHPLC不純物分析チャートにおいて、無水イサト酸に相当するピークが見られたとしても、被告白鳥が全トラニラストを被告主張方法で製造したことを立証したことにはならない。
(七) 被告らが提出するHPLC不純物分析は、被告白鳥が被告主張方法によりトラニラストを製造していた事実を立証するものではない。HPLC不純物分析は、被告主張方法の立証がされた上で、その真実性を補強するものでなければならない。ところが、被告白鳥は、そもそも具体的製造方法を立証をしていないにもかかわらず、自らの支配下にあるトラニラスト原末を用いてHPLC不純物分析を行っているので、立証として意味を持たない。製造記録書記載の製造方法を現実に実施して得られたトラニラストのHPLC不純物分析チャートのパターン及び市販品のトラニラストのHPLC不純物分析チャートのパターンがすべて同一であることを明らかにしない以上、HPLC不純物分析の結果がどのようなものであっても、被告白鳥がトラニラストを被告主張方法によって製造したことを立証したことにならない。
そもそも、HPLC不純物分析は、検査対象物質の組成分析に基づく紫外線の吸収ピークを示すだけのものであって、製造方法を特定するものではない。HPLC不純物分析の結果により、被告白鳥がトラニラストを被告主張方法により製造していたことを立証するためには、①市販品のトラニラストがすべて同一のHPLC不純物分析チャートのパターンを示すこと、②製造記録書記載の製造方法を現実に実施して得られたトラニラストであることが事実実験公正証書等により完全に立証されたトラニラストのHPLC不純物分析チャートのパターンを示すこと、③右①及び②の不純物が、その存在及び含有量比を含めたHPLC不純物分析チャートのパターンとして同一のパターンを示すこと、又は、④当該製造方法によって製造する場合にのみ生成することが確認されている特有の副生物、すなわち当該製造方法のいかなる工程で生成されるかが判明している特有の副生物があり、これが検査対象物質に検出されることを示すことが必要である。
しかるに、本件においては、右①も②も示していない。①については、例えば従前被告であった竹島製薬株式会社の製造、販売に係る製剤(ルミオス)に含有されているトラニラストは、検体四七(バリアックカプセル)とは異なるHPLC不純物パターンを示す(甲一八)。②については、工場検分による検体三八の製造方法は、前記のとおり、製造記録方法と異なるから、検体三八のHPLC不純物分析チャートのパターンは、製造記録方法のHPLC不純物分析チャートのパターンの立証にはならない。本件では、製造記録書記載方法により製造されたことが証明されている医薬品たるトラニラスト原末のHPLC不純物分析の結果といい得るものは一切証拠として提出されていない。したがって、本件において、HPLC不純物チャートのパターンにより、被告白鳥の実施したトラニラストの製造方法が、製造記録書記載方法により製造されたものであることを立証することはできない。
さらに、被告らは、本件発明の実施例による生成物と被告白鳥の製造に係る市販製剤の各HPLC不純物分析チャートの異同を根拠に、被告主張方法によってトラニラストを製造したことが推認される旨主張する。しかし、具体的製造方法を離れた「本件特許請求の範囲に属する製造方法」と「被告トラニラストの製造方法」の異同を論じてみても、意味がない。本件発明方法に属する製造方法は無数にあるから、その中の一実施例のHPLC不純物分析との異同によって、本件発明の技術範囲の属否を論じることはできない。
丁一、八四号証は、たまたま同一の保持時間を有する不純物が四つあるいは五つ(しかも両者で一致していない。)あったことを確認したに止まるのみであり、例えば、保持時間の一致しない不純物の検索は行われてもいない。化学反応では、ある反応で生成する不純物とそれと異なる反応で生成する不純物が同一であることもあり得るから、特定の不純物をもって製法の異同を述べる場合には、前記④の要件の存在が必須であるが、本件ではかかる立証はない。
(八) 被告白鳥の製造に係るトラニラスト原末を用いた製剤は、TLC分析において単一スポットとなるべきものである。これは、被告白鳥の製造承認書において、被告白鳥自らがトラニラストを特定するために設定した規格に規定されたとおりである。被告らも、市販のトラニラスト(バリアック製剤)を規格の五倍もの濃度でTLC測定しても単一スポットとなることを確認している(乙五八号証別紙写真1参照)。
しかし、これまで原告及び被告らが行った被告主張方法の追試実験(甲六、甲二五、乙五八その他)及び工場検分(甲一二、乙四一)のいずれにおいても、得られたトラニラストは、TLC分析で単一スポットとならなかった。
また、被告主張方法の追試と市販のトラニラストのHPLCの比較においても、被告主張方法によって得られたトラニラストは市販のトラニラストの一〇倍以上のN―6を含有することが確認されている(乙五七、五八、丁一)。すなわち、市販製剤のトラニラストは、被告主張方法によって得られたトラニラストの一〇分の一以下のN―6しか含有しないため、乙五八号証が示すとおり五倍程度濃度を濃くしてもTLC分析ではN―6は検出されず、単一スポットとなる。
以上の事実からすると、被告主張方法によっては、TLC分析で単一スポットとなるトラニラストを製造することができないことが明らかである。
なお、その原因は、被告主張方法は反応液中に生成する3、4―ジメトキシ桂皮酸無水物(以下「桂皮酸無水物」という。)と無水イサト酸とが副反応として多量のN―6を必然的に生成するためであり、また、被告白鳥が主張するソルミックスを使用した精製方法では、反応液中に生成したN―6を除去できないためである(甲二六)。
3 被告主張方法は本件発明の技術的範囲に属するか。
(原告の主張)
被告主張方法が本件発明の技術的範囲に属さないとの主張は否認する。
(一) 被告主張方法は、以下のとおりの反応機構によるものであるから、本件発明の技術的範囲に属する。
すなわち、被告主張方法の反応機構は、無水イサト酸と桂皮酸により、桂皮酸無水物とアントラニル酸を形成し、この両者が反応してトラニラストを生成させるというものである(甲二二)。したがって、被告主張方法は、その反応機構において、桂皮酸無水物とアントラニル酸の反応により、トラニラストを生成するという本件発明実施例9の反応と同一であるから、本件発明の技術的範囲に属する。
これに対し、被告白鳥は、桂皮酸無水物とアントラニル酸の生成は中間体4を経由するものと推定した上で、中間体4から直接トラニラストに至る反応が優先すると推定されるから、桂皮酸無水物とアントラニル酸との反応は起こらないので、本件発明とは、反応機構が異なる旨主張する。
しかし、被告白鳥が甲二二号証の結論を否定する根拠は、検出された桂皮酸無水物とアントラニル酸が微量であったという点にある。三谷道治教授鑑定書(甲四一)のとおり、「ある一時点で桂皮酸無水物とアントラニル酸とが微量でも確認され単離されたことは、それより遙かに多い量の桂皮酸無水物とアントラニル酸とが生成し、これがトリエチルアミンの存在下に反応して、本反応の目的物質であるトラニラストを製造しているもの」と判断することができる。したがって、単に検出物質が微量であるという指摘だけで原告主張の反応機構を否定することは誤りである。
(二) 被告主張方法は、出発物質を異にするため、いわゆる文言侵害に当たらないとしても、以下の理由により、本件発明方法と均等であるから、本件発明の技術的範囲に属する。
(1) 相違が非本質的部分にあり、置換可能性があること
本件発明の中心的な要素は、次の二点である。①出願時の新規物質である目的物質としてトラニラストの構造を確定し、その医薬品としての有用性を広く第三者に開示した。②右トラニラストの製造方法として、出発物質に芳香族カルボン酸の反応性官能的誘導体とアミノ安息香酸の組合せを特定し、この実施例として、前者について桂皮酸無水物あるいは混合酸無水物、後者についてアントラニル酸をそれぞれ特定し、前者の芳香族カルボニル基に対する後者の芳香族アミノ基の求核反応によってトラニラストを生成する方法を完成した。
被告主張方法は、以下のとおり、これらを利用している。
本件発明はいわゆる化学的類似方法の発明である。これは、当時の特許法においては化合物自体の特許を受けることができなかったため、目的化合物が新規で有用な物であることを前提として、製造する手段自体は公知である方法について、目的化合物の化学構造上の新規性及び有用性が技術的評価上加味されて特許されたものである。化学的類似方法の発明は、化合物についての新しい化学構造及びその有用性の提供をもって世に貢献している技術的思想であると判断されて特許される。したがって、本件発明は、その目的物質である芳香族カルボン酸アミド誘導体又はその塩と、その物のアレルギーに起因する疾患の経口治療薬としての有用性を提供したことが、その技術的思想の本質的部分である。
被告主張方法の目的化合物であるトラニラストは、右目的物質に該当し、本件発明に係る実施例により実際に製造され、参考例においてその抗アレルギー性が確認されている化合物である。したがって、本件発明によるトラニラストの化学構造及びアレルギーに起因する疾患の経口治療薬としての有用性の開示なくしては、三恵特許に係る発明の完成はなかったから、被告主張方法は本件発明の技術的思想を利用したものというべきである。このことは、三恵特許の明細書(乙二)の記載に照らしても明らかである。
仮に、被告ニッショーらが主張する反応機構(丙一二)のとおりであったとしても、被告主張方法は、その反応過程において中間生成物として、桂皮酸の反応性官能的誘導体を用い、それをアミノ基と反応させて目的化合物を形成させている点において、本件発明の技術的思想を利用している。すなわち、本件発明において、桂皮酸を用いずに、その反応性官能的誘導体を用いているのは、アントラニル酸のアミノ基に対する反応性を付与するためであり、この反応性官能的誘導体の中には混合酸無水物が含まれることが示されている(本件特許公報四欄三五〜三六行)。他方、被告主張方法において、反応の過程で生成する第二中間体4は、桂皮酸とアントラニル酸との混合酸無水物である。したがって、第二中間体4は、本件発明方法と同様にこの共存するアントラニル酸と反応してトラニラスト5を生成すると同時に、桂皮酸と混合酸無水物を形成していた有機カルボン酸(R―COOH)すなわちアントラニル酸を再生する。したがって、被告主張方法においては、桂皮酸の混合酸無水物と反応させたアントラニル酸は、反応後に再生されているので、結果的には、分子内反応でアミド結合を形成した形になっている。このように、被告主張方法においては、第二中間体4のアミノ基をアミド化する段階において、本件発明と同様アミノ基に対する反応性を付与するために、桂皮酸の反応性官能的誘導体を用いており、この点において本件発明の技術的思想を利用している。
(2) 置換が容易に想到できるものであること
容易想到性の有無は、被告白鳥が現実にトラニラストの製造、販売を開始した侵害時である昭和六三年一〇月時点を基準に判断される。無水イサト酸の採用に当たっては、右時点において次の技術的事項が一般的知見として知られていた。①アルカリ・酸処理でアントラニル酸に変化すること、②アミン等塩基の存在下でイオン化し、イソシアナート体を形成すること、③右形成したイソシアナート体はカルボン酸と反応してカルボン酸無水物を経由して酸アミドを形成すること(換言すれば、酸アミド化反応に用いられる出発物質であること)。これらによれば、本件発明の存在を前提として、これを被告主張方法に置換することは、侵害時において容易想到であった。
本件特許と三恵特許は、以下のとおり、並立的な関係にはないから、三恵特許が有効に存在するからといって、右容易想到性が否定されるわけではない。本件特許出願時において、目的物トラニラストは新規物質であるから、本件発明は、パイオニア的な発明といえる。これに対して、三恵特許は、本件特許出願日である昭和四八年一月一八日より、ほぼ一〇年後の昭和五八年八月一五日に出願された。この間、原告は、昭和五七年八月にトラニラスト製剤の製造、販売を開始し、被告三恵及び同白鳥は、これを市場から入手し分析し、リバースエンジニアリングにより製造方法を研究し、昭和六三年一〇月以降、市場に参入した。さらに、被告三恵は、本件発明のアミド化反応の利用という反応上の特徴についても模倣している。すなわち、三恵特許の目的物の持つ薬効はもちろん同一であり、反応自体も何ら発明性を持つものではなく、その発明性はただトラニラストの収率の改善という点にのみ存している。したがって、両特許について、同質の価値を有する特許間の並立した関係と見る余地はない。
(3) 本件において、被告主張方法が本件発明出願時の公知技術から容易想到であったり、出願経過において意識的に除外された等の事情は一切ない。
(被告らの反論)
被告主張方法は、以下のとおり、本件発明の技術的範囲に属さない。
(一) 本件発明方法は、原料として、桂皮酸の反応性官能的誘導体とアントラニル酸を用いるものであり、これに対し、被告主張方法は、原料として、桂皮酸と無水イサト酸を用いるものである。二原料とも異なるから、一見して、被告主張方法が本件発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。
(二) 原告は、本件発明方法と被告主張方法は、反応機構において同一である旨主張するが、以下のとおり失当である。
原告は、本件発明方法及び被告主張方法の各反応機構及びその同一性を具体的に示していない。原告は、被告主張方法について、桂皮酸二分子と無水イサト酸一分子から、桂皮酸無水物とアントラニル酸がそれぞれ一分子できるということを、化合物の構造式で示したのみで、桂皮酸のどの部分がどのように反応し、どの部分から二酸化炭素が脱離するのか等について、具体的な主張、立証をしていない。
原告は、被告主張方法において、桂皮酸無水物とアントラニル酸が微量検出されるという点を根拠とするが、そのような事実だけでは、被告主張方法を工業的に実施した際、原告主張の反応が起こることを立証したことにはならない。
したがって、本件発明方法と被告主張方法は、反応機構において、同一といえない。
(三) 被告主張方法は、本件発明方法と均等ということはできない。
本件特許は方法の特許であり、本件発明方法と被告主張方法とは、各原料及び反応上の意味がすべて異なっている。したがって、両方法は、およそ均等をもって論じられない。
原告は、本件発明において、トラニラストの構造と有用性を開示したから、被告主張方法は、本件発明を利用したものと主張する。しかし、このような見解は、物質特許が許されない制度の下で、新規物質に係る製法の発明が特許されれば、同一物質を製造するすべての方法が、発明の技術的範囲に属するという不当な結果になる。
また、原告は、仮に、被告主張方法における反応機構が、被告ニッショーらの主張に係る鑑定意見書(丙一二)のとおりであるとしてもなお、被告主張方法は、その反応過程において中間生成物として、桂皮酸の反応性官能的誘導体(第二中間体4)が生じ、それをアミノ基と反応させて目的化合物を形成させている点において、本件発明の技術的思想を利用している旨主張する。しかし、被告主張方法における反応機構に関する鑑定意見書(丙一二)は、右混合酸無水物4が桂皮酸と反応して次の桂皮酸無水物5を作り、さらにこの桂皮酸無水物5とアントラニル酸が反応してトラニラストを作ることはあるかも知れない、としているだけで、この混合酸無水物4自体がアントラニル酸と反応してトラニラストを作ることは、考えてもいない。したがって、右混合酸無水物4は、本件発明にいう桂皮酸の反応性官能的誘導体ではない。
4 損害額
(原告の主張)
被告らは、本件特許権存続期間内に、以下のとおり、トラニラストの製造、販売を行い、その結果、原告は、以下のとおりの損害を被った。
被告白鳥は、被告三恵の委託により、トラニラスト原末を製造し、被告三恵に販売し、被告三恵は、これを販売した。これによる損害額は一二億円となる(共同不法行為)。原告は、被告三恵及び被告白鳥に対し連帯して、一部請求として、七億二〇〇〇万円を請求する。
被告進化は、トラニラスト原末を被告三恵から仕入れ、トラニラスト製剤であるシンベリナカプセルを製造し、その一部を販売した。被告三恵は、これを販売した。被告進化の行為による損害額は八二二七万九〇八二円であり、被告三恵の行為による損害額は二一二六万八一八二円であり、その合計は一億〇三五四万七二六四円となる(共同不法行為)。原告は、被告三恵及び被告進化に対し連帯して、一億〇三五四万七二六四円を請求する。
被告ソルベイは、トラニラスト製剤であるベセラールカプセル、ベセラールドライシロップを製造し、これを被告科研及びその他(消費者)に販売した。さらに、被告科研は、これを販売した。被告ソルベイの被告科研への販売分に係る損害額は一億八二五三万〇五三〇円である(共同不法行為)。被告ソルベイの消費者への販売分に係る損害額は六九五三万八七二二円となる(単独不法行為)。原告は、被告ソルベイ及び被告科研に対し連帯して一億八二五三万〇五三〇円を、被告ソルベイに対し六九五三万八七二二円を、それぞれ請求する。
被告扶桑は、トラニラスト製剤であるバリアックカプセル、バリアック細粒、バリアックドライシロップを製造、販売ないし無償譲渡した。これによる損害額は、二億三五七二万七八三九円である。原告は、被告扶桑に対し、二億三五七二万七八三九円を請求する。
被告菱山製薬は、トラニラスト製剤たるチタルミン錠を製造し、これを被告ニッショーに販売した。被告ニッショーは、これを被告菱山製薬販売に販売した。被告菱山製薬販売は、これを販売した。これによる損害額は、二億二二九四万九九四六円である(共同不法行為)。原告は、被告菱山製薬、被告ニッショー及び被告菱山製薬販売に対し連帯して、二億二二九四万九九四六円を請求する。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 争いのない事実、証拠(乙七七、八〇、八三、八六、九〇、九三、一〇二ないし一〇七、一一三ないし一一七、一二四ないし一二九、一三三ないし一三五、一四四ないし一五一、一五七ないし一六一、二八六、三八一、枝番号の表記は省略する場合がある。以下同じ)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを覆す証拠はない。
(一) 被告白鳥は、製造したトラニラスト原末六五三七キログラムのうち、6526.8キログラムを、被告三恵に対し販売した。被告三恵は、右原末のうち、被告菱山製薬に対し一〇〇一キログラムを、被告進化に対し七五〇キログラムを、被告ソルベイ(旧幸和)に対し一六九〇キログラムを、被告扶桑に対し一八二五キログラムを、それぞれ販売した。
(なお、被告三恵は、さらに、興和株式会社に対し四五〇キログラムを、昭和薬品化工株式会社に対し593.8キログラムを、竹島製薬株式会社に対し一八一キログラムを、日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社に対し二五キログラムを、三亜製薬株式会社に対し一〇キログラムを、それぞれ販売した。以上の被告三恵の販売量は、合計6525.8キログラムとなる。)
(二) 被告進化は、右原末を使用して、遅くとも平成二年四月から本件特許権の満了日である平成五年一月一八日まで、トラニラスト製剤であるシンベリナカプセルを七一九万カプセル製造し、遅くとも平成二年六月から右満了日まで、このうち五五二万〇五〇〇カプセルを販売した(そのうち五一〇万カプセルは被告三恵に販売した。)。被告三恵は、遅くとも平成二年六月から右満了日まで、これを販売した。
被告ソルベイは、右原末を使用して、トラニラスト製剤であるベセラールカプセル、ベセラールドライシロップを製造し、これを被告科研等(一部は消費者)に販売した。被告科研は、これを販売した。
被告扶桑は、右原末を使用して、平成二年四月から右満了日まで、トラニラスト製剤であるバリアックカプセル、バリアック細粒、バリアックドライシロップを製造、販売ないし無償譲渡した。
被告菱山製薬は、右原末を使用して、平成二年六月から右満了日まで、トラニラスト製剤たるチタルミン錠を製造し、平成二年七月から右満了日まで、これを被告ニッショーに販売した。被告ニッショーは、平成二年七月から右満了日まで、これを被告菱山製薬販売に販売した。被告菱山製薬販売は、平成二年七月から右満了日まで、これを販売した。
2 右認定した事実によれば、トラニラスト原末についての被告白鳥の販売量、その他の被告らの各購入量が概ね整合していることが裏付けられ、そうすると、被告製剤メーカーらが、製造、販売したトラニラスト製剤は、被告白鳥の製造したトラニラスト原末を使用したものであると認定することができる。
二 争点2について
1 証拠(各箇所で摘示する。)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
認定事実、すなわち、①製造過程、原料の購入量、製品の製造量及び販売量を裏付ける証拠資料に矛盾がなく、整合していると解されること、②HPLC不純物分析の結果によれば、被告主張方法の生成物と市販製剤のHPLC不純物分析チャートのパターンが一致する一方、本件発明方法の生成物と市販製剤とは、HPLC不純物チャートのパターンが異なると認められること、③三恵特許方法や被告白鳥の医薬品製造承認書における製造方法と被告主張方法とを対比すると、それぞれがほぼ一致していると解されること、④本件発明方法と三恵特許方法や被告主張方法との経済性を比較すると、本件発明方法は、収率等の点において利点が少なく、本件発明方法を選択する合理的な理由が存在しないこと、⑤工場検分の結果によれば、被告主張方法によって、医薬品としてのトラニラストを工場的規模で製造することは可能であると認められること等諸般の事実を総合的に考慮すると、被告白鳥は、被告主張方法を用いて、トラニラスト原末を製造したことを認定することができる。
以下、詳細に述べる。
(一) 製造記録等の各資料から認められる製造過程
以下のとおり、製造記録の内容は、原料の購入量、原末の製造量、製剤の販売量とも符合し、相互に整合しており、その他の証拠資料と対比しても矛盾がないので、その内容は複雑ではあるが、現実の製造工程を正確に記載したものであると認められる。
(1) 被告白鳥は、トラニラスト製造のため、桂皮酸を、当初英国のニッパ・ラボラトリーから、後に高砂香料株式会社から、合計六六二〇キログラム購入した(乙二六ないし三二、二一二ないし二一七)。また、無水イサト酸を、バスフジャパンから、八二〇〇キログラム購入した(乙三三、二一八、二八七、二八八の二、)。無水イサト酸の純度は、約九九パーセントであった(乙二八九、二九〇、三一七、丁八四の四)。
無水イサト酸については、脱色のために精製を行った結果、多少減量した。すなわち、被告白鳥の原料受入れ試験検査標準書(乙四)によれば、原料である無水イサト酸については、「白色〜微黄白色」であることが必要とされている。バスフジャパンから購入した無水イサト酸は、多少茶色ないし灰色を帯びている(甲四五、乙三一七)ので、被告白鳥では、受入れ基準上色抜きが必要であると判断し、精製を行った。精製は、無水イサト酸にアセトンを加えた上、加熱還流、濾過、常圧濃縮、晶析、結晶分離、乾燥という工程を経て実施した。回収されたアセトンは、次の精製工程に用いるため、精製無水イサト酸の回収率は九七パーセント程度であった(弁論の全趣旨)。
(2) 被告白鳥は、別紙別表Aの「反応工程」欄記載のとおり、合計五七回にわたり、トラニラストの反応工程を実施した。その内容は、別紙被告主張方法目録の「反応工程」欄記載のとおりである(乙六、八、一〇、二一九、二二二、二二三、二三〇、二三一、二三九、二四五ないし二八二、五四二ないし五五一)。
反応工程一回に使用される桂皮酸の量は、一一四キログラムであった(ただし、五五回目のみは、一〇五キログラムであった)。したがって、桂皮酸の使用量は、合計六四八九キログラムである。また、反応工程一回に使用される無水イサト酸の量は、一三四キログラムであった(ただし、五五回目のみは、121.3キログラムであった。)。したがって、無水イサト酸の使用量は、合計7625.3キログラムである。
(3) 得られた粗結晶について、別紙別表Aの「再結晶工程」欄記載のとおり、合計一一六回にわたり、再結晶工程を実施した。その内容は、別紙被告主張方法目録の「再結晶工程」欄記載のとおりである。ただし、五六及び五七回目の粗結晶の量は、一〇〇キログラムより大幅に少ない。
得られた精製結晶の量は、合計5504.4キログラムであったが、うち二六キロは販売しなかったので、販売用の量は5478.4キログラムであった(乙三五、三六、二二〇、二二一、二二四ないし二二七、二三二ないし二三五、二四〇、二四一、三八七ないし四六六、五五一、弁論の全趣旨)。
(4) さらに、精製工程で結晶を濾過した残りの液からソルミックスを回収し濃縮した母結について、「母結処理工程」を実施した。その内容は、別紙被告主張方法目録の「母結処理工程」欄記載のとおりである。その結果、約一四〇〇キログラムの精製結晶を回収した(乙三八、二二八、二三六、二四二、四六七ないし四八九、弁論の全趣旨)。
これらにより得られた精製結晶約六八八〇キログラムを、別紙別表Bのとおり、乾燥して包装した。その乾燥結晶の合計は、六五三七キログラムであった(乙三七、四〇、二三八、二四四、五一三ないし五四〇、弁論の全趣旨)。
前記一のとおり、被告白鳥は、製造したトラニラスト原末六五三七キログラムのうち、6526.8キログラムを、被告三恵に対し販売し、被告三恵は、右原末のうち6525.8キログラムを第三者らに販売した。
(二) HPLC不純物分析等
以下のとおり、被告主張方法の生成物と市販製剤のHPLC不純物分析チャートのパターンが一致する一方、本件発明方法の生成物と市販製剤とは、HPLC不純物チャートのパターンが異なる。
(1) 丁八四号証によれば、HPLC不純物分析チャートにおいて、実施例1及び実施例3(本件発明のうち効率的と考えられる方法)の生成物には、六〇分、八四分、一〇八分、一二二分、二五六分付近に不純物のピークが見られないが、被告主張方法の生成物及び被告製剤(シンベリナ、ベセラール、バリアック)には、それらの不純物のピークが見られる。他方、同分析チャートにおいて、実施例1による生成物中には四二分、五四分付近に不純物のピークが見られるが、被告主張方法の生成物及び被告製剤に見られない。同分析チャートにおいて、実施例3による生成物中には七一分付近に不純物のピークが見られるが、被告主張方法の生成物及び被告製剤に見られない。
また、同分析チャートにおいて、実施例1の生成物については87.505分のピーク以下ほとんどフラットであり、実施例3についは87.536分又は97.141分のピーク以下ほとんどフラットであるのに対し、被告主張方法の生成物については、その付近以下にも大きなピークが複数あり、とりわけ255.929分に大きなピークがあり、また、被告製剤については、被告主張方法の生成物と同様の特徴を備えている。丁一号証によっても、右と同様の特徴が見られる。
(2) 原告の追試実験結果(甲六)によっても、HPLC不純物分析チャートにおいて、被告製剤バリアックカプセルと被告主張方法を追試して得られたトラニラストは全体として類似している。ただし、後者には、一二ないし一三分付近に平たいピークが見られるが、これは、粗結晶段階では見られないピークであり、しかもその形が平たいものであることからすると、前のチャートの測定の際の残存物によるものと推認される。
(3) 乙四一、五四、五五、五七、五八号証及び甲一二号証によれば、HPLC不純物分析チャートにおいて、工場検分で得られたトラニラスト原末と被告製剤バリアックカプセルとは、全体として良く一致していることが認められる。
甲一九号証によれば、HPLC不純物分析チャートにおいて、被告製剤バリアックと被告製剤シンベリナとは、良く一致しているが、他方、被告白鳥以外の者の製造したトラニラストを使用したことに争いがないルミオスカプセルとは異なることが認められる。
(4) 丙二、八、一一号証によれば、被告製剤チタルミンには無水イサト酸が含有されている一方、最も収率がよい実施例と考えられる実施例1及び3による生成物には無水イサト酸が含有されていないことが認められる。本件発明方法により生成されたトラニラストに無水イサト酸を含有するような方法があることを示す証拠はない。
(三) 被告主張方法と三恵特許発明方法及び医薬品製造承認方法との対比
(1) 被告三恵は、三恵特許(登録番号第一四五三二〇一号)を有している。その出願日は昭和五八年八月一五日であり、被告白鳥が製造を開始した昭和六三年一〇月より前である。三恵特許発明は、桂皮酸と無水イサト酸を第三級アミンの存在下で反応させた後、酸処理することを特徴とするトラニラストの製造方法である。これに対し、被告主張方法は、桂皮酸及び無水イサト酸をトリエチルアミン及びジメチルアセトアミドに溶解し、加熱後冷却し、塩酸を加えるという方法であるから、三恵特許発明に基づくものであるということができる(乙一、二)。
(2) 被告白鳥は、平成二年三月五日、トラニラストについて厚生大臣の医薬品製造承認を得ている。製造承認に係る製造方法は、医薬品製造承認書(乙三の二)の別紙(1)に記載されているとおり、桂皮酸と無水イサト酸をトリエチルアミンを触媒とし、ジメチルアセタミド中で反応せしめ、トラニラストを製造し、エタノールより再結晶を行い、減圧下八〇〜一〇〇℃で乾燥する、というものである(乙三)。これに対し、前記のとおり、被告主張方法は、桂皮酸及び無水イサト酸をトリエチルアミン及びジメチルアセトアミドに溶解して反応させて粗結晶を得て、それをソルミックスに加えて加熱し溶解後濾過して再結晶を行い、減圧下で九五℃以上で(乙三七等)乾燥をさせる方法である。両者を対比すると、右製造承認方法と被告主張方法とは、おおむね一致している。
なお、被告主張方法においては、エタノールではなくソルミックスを使用している点が、右製造承認方法と異なる。しかし、ソルミックスは、八五パーセントのエタノールと他のアルコールとの混合物であり、精製用にはエタノールと大差ないものであるから(純粋エタノールにはアルコール税が課される等の理由からソルミックスが代用されたと推測される。)、技術範囲の確定の観点に照らして、さほど意味のある相違ではない(弁論の全趣旨)。
(四) 被告主張方法と本件発明方法との経済性の比較
収率について、被告白鳥による実験報告書(丁一)によれば、桂皮酸から計算した被告主張方法の収率は、六三パーセントであり、他方、本件発明方法による収率は、最も収率がよい実施例と考えられる実施例1及び3においても、実施例1については三〇パーセント、実施例3については二五パーセントであった。また、株式会社東レリサーチセンターによる実験報告書(丁八四の一)によれば、桂皮酸から計算した被告主張方法の収率は、54.0パーセントであり、他方、本件発明方法による収率は、実施例1については18.1ないし23.9パーセント、実施例3については30.4ないし32.8パーセントであった。これらによれば、被告主張方法は、本件発明方法の実施例と比較して、その収率は、はるかに高い。
また、本件発明については、副生物の発生、有毒ガスの発生等の問題点が存在する。原告も、本件発明方法は実施していない(弁論の全趣旨)。
以上の事実に照らすと、被告白鳥は、三恵特許を実施することができたのであるから、それにもかかわらず、あえて、著しく収率が低く、経済的でない本件発明方法を選択する理由は少ないといえる。のみならず、被告白鳥によるトラニラストの生産量は、本件発明方法の実施例の収率を基礎にしては説明できず、被告主張方法の収率を基礎にしてはじめて説明することができる。
(五) 工場検分の結果
工場検分は、平成四年一〇月二二日から平成四年一一月四日までの一四日間にわたり、原告及び被告白鳥の訴訟代理人・補佐人及び被告白鳥の選任に係る千葉大学薬学部教授坂井進一郎教授の立会の下に実施された。
工場検分の方法は、後記のとおり、被告主張方法と厳密に一致していない点はあるものの、全体として見ると被告主張方法とよく一致するものであり、その結果も符合すると考えられるので、被告主張方法が実施可能であることを十分裏付けるに足りるものであった。
2 これに対して、原告は、以下の点を指摘する。しかし、右指摘は、いずれも前記認定及び結論を左右するものではない。
(一) 製造記録の信憑性について
(1) 原告は、製造記録は、①酸処理工程で、多量の結晶が析出して反応液が固化し撹拌も困難であるから、pHを約3とする調整は極めて困難であること、②粗結晶収量が一定しないこと、③ロット構成が不自然であること、④製造指図書が欠落していること、⑤中間品及び製品混合が不自然であること等の理由から、右記録は信憑性がない旨主張する。
しかし、①については、反応液が固化することは争いがないが、その工程に適応した撹拌力を有する撹拌機を使用すれば足りるので、必ずしも困難とはいえない。現に、丁八四号証の実験でも、第三者が被告主張方法のとおり、撹拌を行い、pHの調整を行っている。②については、収量のばらつきは、不自然というほどのものではない。③ないし⑤については、原告が指摘するように、一度包装したものを開封したこと、ロット構成が複雑であることは、確かに合理的であるとはいえないが、そうだとしても、直ちに製造記録の信用性を疑わせる事実であるとまではいえない。
(2) また、原告は、被告白鳥が、①平成二年三月以前のSP―85と呼ばれたトラニラストに関する記録、②原料である無水イサト酸の精製に関する記録、③一次晶及び二次晶の試験・検査に関する記録、④文書提出命令の対象文書、GMP基準で義務付けられている文書、試作実験記録、実験室データ等を提出していないから、製造記録は信用できない旨主張する。
しかし、原告の指摘に係る文書が提出されていないとしても、既に提出された証拠から総合的に判断して、製造記録には信憑性があるものと考えられるので、右主張は採用できない。なお、①については、弁論の全趣旨によれば、SP―85と呼ばれたトラニラストは製剤メーカーらによる製造承認のための試験用として提供された微量の生産物であり、これも被告主張方法により製造されたことが認められる。また、②については、被告白鳥はこの点に関する記録を付けていなかったことが認められる(弁論の全趣旨)。
(二) 工場検分の証拠価値について
原告は、工場検分における実施方法は、以下のとおり、製造記録記載方法と異なる方法であったから、工場検分の結果は、製造記録記載方法が実施可能であることについての証明にはならない旨主張する。①工場検分では製造指図・記録書に記載されていない工程を実施し、他方、製造指図・記録書に明確に記載されている工程を無視して実施している、②「トラニラスト反応工程」の「PH調整・晶析」工程の「指示値または工程管理値」の欄には「3N塩酸 PH≒3」と記載されているのに、工場検分では「3N塩酸」は使用されず、「PH≒3」に調整することもできなかった。③工場検分の方法では、製造指図・記録書記載の収量とは異なる収量でトラニラストが得られた。
しかし、原告の右主張は、以下のとおり理由がない。①については、工場検分の際には、次回の工程のための準備過程が十分に行われなかったことによるものと推認される。②については、三N塩酸の点は、単に塩酸一〇〇キログラムを測り入れるべきところを誤って一一〇キログラム入れたことによるものであり、塩酸の使用目的がトリエチルアミンを中和することからすると、重要な相違とはいえない。工場検分の際、PHが三より下がって2.65になったのは、塩酸水の滴下量が多少多かったことによるものである。現に製造記録中にもその程度のPHのものが見られる。③についても、被告主張方法の実施可能性を疑わせるような重要な相違ではない。その他、原告は、工場検分と製造記録記載方法の相違について主張するが、被告主張方法の実施可能性を疑わせるものではない。
前記のとおり、工場検分における実施方法は、被告主張方法と完全には一致していないが、被告主張方法とほぼ一致するものであり、むしろ、被告主張方法の実施可能性を十分裏付けるに足りるものと評価できる。
(三) TLC分析について
原告は、被告主張方法により得たトラニラストは、製造承認で定められたTLC分析における単一スポットを示していないから、被告らの主張は信用できない旨主張するので、この点を検討する。
まず、工場検分の際に得られた精製トラニラストのTLC分析によれば、主スポットの他にRf0.66ないし0.67付近にごく微量のスポットが一つ認められる(乙四九、五一、甲一二)。原告による被告主張方法の追試によって得たトラニラストについても、Rf0.70付近にごく微量のスポットが一つ認められる(甲二五)。
他方、右工場検分の精製トラニラストに認められたTLC分析のスポットは、被告製剤バリアックにおいても、試料の量を三倍ないし五倍に増加すると、同様に認められる(乙五八)。
また、被告白鳥による被告主張方法の追試によって得られたトラニラスト及び被告製剤シンベリナ、ベセラール、バリアックについてのTLC分析の結果では、いずれも一つのスポットであり同等品であるが、スポットの上部にはいずれもかすかな影があることが認められる(丁一)。
以上の事実によれば、①工場検分及び原告の追試によって得られたトラニラストのTLC分析において、主スポットの他にスポットが一つ認められるものの、いずれも極めて微量である、②被告白鳥の追試によって得られたトラニラストでは主スポット以外のスポットは認められない、③被告製剤シンベリナ、ベセラール、バリアックにおいても、前記①の微量スポットと同じ付近に、スポットには至らない程度ではあるが薄い影があるということに照らすならば、工場検分及び原告の追試によって得られたトラニラストが単一スポットを示さなかった事実があっても、前記結論を左右するには至らない。
(四) 被告主張方法の変更について
原告は、被告白鳥がトラニラストを製造した方法について、審理当初に主張した方法とその後主張した方法は相違するから、その主張は信用できない旨指摘する。確かに、被告らが審理当初に主張していた方法とその後主張した方法においては、①再結晶処理でエタノールを使用するとしていたのがソルミックスを使用するとした点、②母結処理工程を加えた点において相違している。
しかし、①については、前記のとおり、ソルミックスは、八五パーセントのエタノールと他のアルコールとの混合物であり、精製用としてはエタノールと大差ないものであるから、右相違は、結論を左右するようなものとはいえない。また、②については、母結処理工程を審理当初に主張していなかったことが、直ちに被告主張方法どおり実施されていたことを疑わしめるものとはいえない。また、確かに、被告主張方法は、ロット構成の複雑さ等において、医薬品として合理的な製造工程とはいい難いところがあるが、しかし、そのことから直ちに現実の工程と考えられないとすることはできない。
三 争点3について
1 本件発明方法は、出発物質として、芳香族カルボン酸(桂皮酸を含む。)の反応的官能的誘導体とアミノ安息香酸(アントラニル酸を含む。)を用いるものである。他方、被告主張方法は、出発物質として、桂皮酸と無水イサト酸を用いるものである。したがって、両者を比較すると、二つの出発物質のいずれも異なるから、被告主張方法は本件発明の技術的範囲に属さないことが明らかである。
2 これに対して、原告は、①被告主張方法の反応機構を子細にみると、被告主張方法は本件発明の技術的範囲に属する反応経路が用いられている、②被告主張方法は本件発明方法と均等である旨主張するので、これらの点について以下検討する。
(一) 反応機構について
原告は、以下のとおり、被告主張方法は、その反応機構を考慮すれば本件発明を侵害する旨主張する。すなわち、①甲二〇号証によれば、被告主張方法において、その反応液中に桂皮酸無水物とアントラニル酸とが微量ではあるが生成していることが示されること、②甲二一号証によれば、アントラニル酸と桂皮酸無水物との反応はトリエチルアミンの存在下では極めて速く進行し、また得られるトラニラストは極めて高収率であることが示されること、③甲二二号証によれば、アントラニル酸と桂皮酸無水物を反応させてトラニラストを生成する反応において、トリエチルアミンは反応速度を著しく促進させる触媒であることが示されること等の事実を総合すると、被告主張方法は、無水イサト酸と桂皮酸により、桂皮酸無水物とアントラニル酸を形成し、この両者が反応してトラニラストに至る、という反応経路を用いていることが明らかである旨主張する。
しかし、原告主張は、以下のとおり失当である。
すなわち、①甲二〇号証の実験においては、反応液中に桂皮酸無水物とアントラニル酸とがごく微量生成していることが示されたにすぎないから、原告の主張する反応経路が被告主張方法における主たる反応経路であることが示されたとはいうことができない。②また、甲二一号証の実験は、いずれも反応容器中に高濃度のアントラニル酸と桂皮酸無水物を初めから存在させ、これらを出発物質として反応を行っており、これらが存在せず、また、無水イサト酸と桂皮酸が多量に存在する状態で反応が開始される被告主張方法とは、反応条件が異なるから、アントラニル酸と桂皮酸無水物という中間体が低濃度でしか存在しない被告主張方法においても、かかる高反応速度、高収率が得られることが示されたと評価することはできない。③さらに、甲二二号証の実験は、被告主張方法においてトリエチルアミンがない状態では、トラニラスト生成量が少なくなり、また、桂皮酸無水物の量が若干増加していたことを示すにすぎない。
その他、本件全証拠によっても、被告主張方法において、無水イサト酸と桂皮酸から中間体であるアントラニル酸と桂皮酸無水物への反応が高収率、高速度で行われるということを認めることはできないし、結局、原告の主張する反応経路が被告主張方法における主たる反応経路であることは認めるに足りない。
(二) 均等論について
原告は、被告主張方法は本件発明方法と均等である旨主張する。
しかし、前記のとおり、本件発明方法と被告主張方法は、それぞれの二つの出発物質が両方とも異なるものであり、しかも、原告の主張する反応経路(本件発明方法を含む。)が被告主張方法における主たる反応経路であることは認めるに足りないというのであるから、このような場合に、被告主張方法と本件発明方法との相違が非本質的部分であるとはいうことはできない。
原告は、本件発明は、目的物質とその有用性の提供のみが本質的部分である旨主張するが、本件発明は、方法の発明であることに照らせば、右主張は採用できない。
したがって、原告の均等論の主張も認められない。
四 被告らの主張、立証活動について
1 本件は、被告らの主張、立証が極めて長くかかった事件である。近時、数多くの事件において、迅速審理を実践し、早期に審理を終了しているが、それらの事件と比べると、本件は例外に属する。
前記のとおり、本件は、新規物質トラニラストの製造方法の発明について特許権を有していた原告が被告らに対し、トラニラストを製造、販売した被告らの行為が右特許権の侵害に当たると主張して、被告らに対し、特許法一〇四条の推定規定の適用を前提として差止め(後に損害賠償に変更)を求め、被告らは、その製造、販売したトラニラストは、右特許発明の技術的範囲に属さない方法により生産されたと主張して争った事案である。
被告らは、右推定を覆すために、被告白鳥がトラニラスト原末を製造した方法を具体的に主張し、主張に係る事実を立証するための証拠資料を提出しようとした。
被告らの主張、立証活動の概要は、以下のとおりである。
(一) 審理当初、被告らは、被告白鳥が現実に実施したトラニラストの製造方法のうち、粗結晶の反応工程のみを開示し、精製工程については一切開示することはなかった。そして、反応工程の証拠資料として、「医薬品製造承認関係書類」、僅かに三ロット分の「製造指図(記録書)」、「製造工程検査記録書」等を提出した。
原告は、①精製工程が開示されないので、医薬品としての製造の立証として不十分である、②右記録書等は、追試実験の結果等と一致しないので信憑性がない等と反論した。
(二) 被告らは、原告からの反論に対し、被告白鳥が現実に実施した方法は原告の追試実験における再結晶精製工程とも異なること、現実に実施した方法は、再結晶母液からもトラニラストを回収すること等を述べて、その主張を変更した。その後も、被告らは、被告白鳥が現実に実施した方法について、主張を変更している。
(三) その後、被告らは、「製造工程検査記録書」記載の工程が現実に再現可能であるか等を確認(追試)するため、被告白鳥の工場内での工場検分を提案し、平成四年一〇月から一一月にかけて実施した。しかし、被告白鳥が工場検分において実施した方法は、結果的には、PH調整・晶析工程における方法などの点において、被告らが事前に確認した工場検分案のとおりではなかった。
なお、被告らは、平成四年一〇月一五日に、ようやく、工場検分方法との対比の必要上、粗結晶までの製造記録(ただし、三ロットのみ)を提出した。
(四) 被告らは、当初、無水イサト酸の純度は九〇パーセントのものを使用したと主張していたが、原告から、製造量との矛盾を指摘されると、純度に関する主張を撤回して、九九パーセントであると変更した。
(五) ところが、被告らは、訴訟開始から五年以上経過した後の平成七年七月一七日に、トラニラストの製造工程の全製造記録であるとして、大量の書証を提出し、それ以外の立証の必要はないとした。
しかし、その後も、当裁判所が損害額の審理を開始し、損害額に関する文書提出命令を発してからも、被告らは、平成九年七月二二日に、既に提出した書証は製造記録のすべてではない、新たに提出した書証が全工程に関する全製造記録であるとして、大量の書証を提出した。
(六) なお、前記の被告らの訴訟活動は、辞任する(ただし被告三恵、被告進化を除く。)前の訴訟代理人によって行われた。その後、新たに受任した被告ら訴訟代理人から、証拠評価も含めた丁寧な補足説明がされている。
2 以上の訴訟経緯を前提として、当裁判所の見解を述べる。
挙証者は、相手方のための反証の機会を保証し、迅速な審理を実現する観点から、証拠価値が高く、重要な証拠を、先に提出すべきであることはいうまでもなく、逆に、証拠価値の低い証拠を提出しておいて、審理状況を見た上で、後日重要な証拠を提出するような訴訟活動は許されるべきではない。ところで、本件では、「工場内において現実に実施した医薬品たるトラニラストの製造方法がいかなる方法であったか」が主要な立証対象であることに照らすならば、製造記録こそが重要な証拠の一つであることは疑いの余地はない。製造記録は、自社内で作成されるものであるから、その信憑性の吟味が不可欠となる。例えば、①製造記録相互間で矛盾がないか、前後の流れが合理的であるか、②製造量、販売量に関する資料等との調和が採れているか、③第三者との取引資料等と整合しているかなど様々な観点から証拠価値を検討するために、他の証拠資料が必要であるのみならず、製造記録自体についても、精製工程をも含む連続した一連の記録全体が必要であるのは当然である。また、挙証者は、自己が提出した証拠の作成経緯、記載内容等について、明らかでない点があれば補足説明をすべきであるし、相手方からの釈明に対しては誠実に応答し、さらに、場合によって、他の客観的な証拠を補充した上で、合理的な説明をして、相手方が、証拠の信憑力に関して、速やかに検討できるよう協力することが必要である。
ところで、被告らの訴訟活動は、以下のとおり、証拠提出の順序、時期及び方法のいずれの点においても、公正さを欠き、信義誠実に著しく反する。
まず、提出の順序についてみると、被告らは、当初、どの程度の信憑性があるか検討することすらできないような、証明力の著しく劣る僅かな証拠を提出し、その立証が失敗すると、主張を変更した上で、より証明力の高いと考えられる証拠を、逐次、小出しに提出するという訴訟活動を繰り返した。特に、被告らは、精製工程を含む製造記録の提出を頑なに拒否していたにもかかわらず(被告白鳥の工場実施が終了して、数年が経過した後であり、格別、秘密を確保しなければならないような理由はない。)、後に態度を翻して、全記録を提出するに至った。このような提出方法は、相手方が証拠を検討し、反証活動を行うことを困難にさせ、迅速かつ充実した審理の実現を阻害する、不当な訴訟活動であるといえる。
次に、提出の時期についてみると、被告らが、トラニラスト製造に係る全工程の製造記録を提出したのは、訴訟提起から七年以上経過した後である。前記のとおり、製造記録は、自社内で作成されるために、その性質上、常に改竄が疑われる資料である。作成から時が経過すればするほど、信憑性の有無を吟味することが困難となる。そのような疑義を避けるためにも、速やかに提出すべきであるといえるが、本件において、被告らは、提出時期が遷延したことについて、何ら合理的な説明をしていない。この点も、迅速審理及び審理充実に対する配慮が欠けているといわざるを得ない。
最後に、証拠の提出方法についてみると、被告らは、更なる証拠提出の予定はないと述べながら、前言を撤回して、突然大量の証拠を提出したり、相手方から、疑問点を指摘されたり、釈明を求められたりすると、容易に説明が可能であるにもかかわらず、何ら適切な応答をしないという訴訟活動を行った。このような訴訟態度も、公正さを欠くものといわざるを得ない。
3 そこで、進んで、当初わずかな証拠しか提出せず、長期間が経過した後になって大量の証拠を提出した等の被告らの訴訟態度に照らし、遅れて提出された証拠を、判断の基礎から排除することが相当であるか否かを検討する。
確かに、被告らの訴訟活動が著しく公正さを欠くものと解されることは上記のとおりであり、そのことを理由に、審理当初の段階に提出された証拠のみを基礎として判断すべきであるという考えも成り立ち得ないではない。しかし、被告らの訴訟活動は、随時提出主義を採用した改正前の民事訴訟法(旧民事訴訟法)の下で行われたこと、裁判所が被告らからの証拠提出に対して、時機に遅れた防御方法であることを理由に却下する措置を講じなかったこと等に照らすと、本件においては、訴訟手続における公正の要請を、実体的な真実解明の要請に優先させて、遅れて提出された訴訟資料を一律的に排除して、被告らの立証は尽くされていないと判断することは、相当でないと考えられる。
なお、迅速審理を主眼とし、適時提出主義を採用した現行民事訴訟法の下で、本件において被告らが行ったのと同様の訴訟活動がされた場合には、時機に遅れた攻撃又は防御の方法に当たることを理由に、直ちに証拠提出を却下した上で、手続的な公正さ及び迅速審理の要請を優先させる審理がされることになるので、今後は、本件のような訴訟活動は生じないであろう(当裁判所は、前記1の訴訟経緯に照らして、平成一〇年七月二七日以降に提出された証拠方法の一部については、時機に遅れた防御の方法に当たるとして、却下した。)。
4 前記のとおり、被告らは、当初はトラニラストの粗結晶までの工程の主張、立証で足りるとして、精製工程の開示、立証を拒み続けていたこと、被告らが、口頭弁論終結時に主張している精製工程の内容、ソルミックスの使用や母結処理工程の存在は、訴訟の早期の段階において主張しなかったこと、被告らは、製造記録の大半について、合理的な理由もないのに、極めて遅れた段階まで提出しなかったことは、不適当な訴訟活動であり、そのため本件訴訟の円滑な審理が妨げられたものといわざるを得ず、そのような経緯に鑑み、民事訴訟法六三条に基づき、訴訟費用については、原告に生じた費用の五分の四を被告ら(後に提訴された被告ニッショー、同菱山製薬販売を除く。)に負担させることとした。
五 結論
以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については、前記のとおり、被告ら(後に提訴された被告ニッショー、同菱山製薬販売を除く。)との間においては、原告に生じた費用の五分の四を右被告らの負担とし、その余は各自の負担とすることとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官飯村敏明 裁判官沖中康人 裁判官石村智)
別紙特許公報
特許請求の範囲
1 一般式(別図※)(式中のR1、R2、R3、R4、Xおよびnは前記と同じ意味をもつ)
で表わされる芳香族カルボン酸アミド誘導体またはその塩の製造方法。
発明の詳細な説明
本発明はアレルギーに起因する疾患の治療薬として有用な新規芳香族カルボン酸アミド誘導体の製造方法に関するものである。
これまで抗原抗体反応によりひき起こされるケミカルメデイエダーの遊離を抑制する抗アレルギー剤としてはジソジウムクロモグリケートが知られているが、このものは経口投与では全く薬効を期待できないため、その使用にはいろいろ制限があった。したがって、経口投与によっても十分治療効果を発揮できる医療の出現がこの分野における重要な課題となっていた。本発明により得られる新規な芳香族カルボン酸アミド誘導体は経口投与によりアレルギー性疾患を治療しうるという顕著な効果を奏するものである。
すなわち、本発明は一般式(別図(Ⅰ))(式中のR1とR2はそれぞれ水素原子または低級アルキル基であり、R3とR4はそれぞれ水素原子であるか、あるいは両者で化学結合を形成するものであり、Xは低級アルコキシ基であり、nは2または3である)
で表わされる芳香族カルボン酸の反応性官能的誘導体と、(別図(Ⅱ))で表わされるアミノ安息香酸とを反応させ、所望に応じその生成物を塩に変えることを特徴とする。
一般式(別図(Ⅲ))(式中のR1、R2、R3、R4、Xおよびnは前記と同じ意味をもつ)
で表わされる芳香族カルボン酸アミド誘導体またはその塩を製造する方法である。
前記一般式(Ⅰ)の芳香族カルボン酸は公知の化合物であり、文献記載の方法に従って容易に製造することができる。この芳香族カルボン酸のうち不飽和結合を有するものについてはシス体、トランス体の2種の異性体が存在するが、本発明においてはそのいずれを用いてもよい。この一般式(Ⅰ)の芳香族カルボン酸としては、3・4―ジメトキシヒドロケイ皮酸のような芳香族飽和カルボン酸や、2・3―ジメトキシケイ皮酸、3・4―ジメトキシケイ皮酸、α―メチル―3・4―ジメトキシケイ皮酸、β―メチル―3・4―ジメトキシケイ皮酸、3・4―ジエトキシケイ皮酸、2・4・5―トリメトキシケイ皮酸などの芳香族不飽和カルボン酸をあげることができる。本発明方法においてはこれら芳香族カルボン酸の反応性官能的誘導体を出発原料として用いるが、このようなものとしては酸ハロゲン化物、酸無水物、混合酸無水物、エステル、N・N’―ジ置換カルボジイミドとの付加物などのカルボン酸誘導体をあげることができる。これらの反応性官能的誘導体は、常法に従って一般式(Ⅰ)の芳香族カルボン酸から容易に誘導することができる。たとえば酸クロリドは無溶媒もしくは乾燥ベンゼン中で芳香族カルボン酸と塩化チオニルとを数時間加熱することによって容易に得ることができる。また、エステルは所定の芳香族カルボン酸とフェノール類より得ることができる。さらに混合酸無水物はたとえばクロルギ酸エステルとの反応により得ることができる。
一般式(Ⅱ)のアミノ安息香酸としては、アントラニル酸、3―アミノ安息香酸、4―アミノ安息香酸のいずれをも用いることができる。
本発明におけるアミド化反応は、それ自体公知の方法に従って行うことができる。たとえば反応性官能的誘導体として酸ハロゲン化物を用いるときは、不活性溶媒中、塩基性物質の存在下で両者を反応させることができる。この場合塩基性物質としては、トリエチルアミン、ピリジンなどのような第三有機塩基や炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのような無機塩基が用いられる。また不活性溶媒としてはクロロホルム、メチレンクロリド、アセトン、ベンゼン、トルエン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメチルホルムアミド、水などを用いることができる。
前記の塩基性物質を用いる代りに、式(Ⅱ)の化合物を過剰量すなわち式(Ⅰ)の化合物に対し2倍モル以上用いて反応させてもよい。
本発明方法を好適に実施するには、一般式(Ⅰ)の化合物を基準として、5〜20倍量のクロロホルムと2〜15倍モルのピリジンの混液に一般式(Ⅱ)の化合物を溶解し、これに一般式(Ⅰ)の化合物の反応性官能的誘導体のクロロホルム溶液を冷却かきまぜながら滴下したのち必要に応じ数時間加熱する。
反応生成物は減圧下で濃縮し残留物を水中に注ぎ、次いで塩酸を加えて弱酸性とする。折出結晶をロ取し適当な溶媒から再結晶し目的物を得る。
得られた一般式(Ⅲ)の化合物は常法に従いその塩とすることができる。たとえば一般式(Ⅲ)の化合物のアルコール溶液にこれと当量の水酸化ナトリウムの水溶液を加え必要に応じ加温することにより、容易にナトリウム塩とすることができる。一般式(Ⅲ)の化合物においてR3とR4とで化学結合を形成した化合物を適当な触媒で還元することによっても製造することができる。本発明によって得られる芳香族カルボン酸アミド誘導体は、抗原抗体反応によって惹起される効果に対して特別の作用を有している。すなわち、アレルギーに起因する疾患の治療薬として広く使用することができる。
次に実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。なお、各実施例中における生成物の融点はいずれも未補正である。
実施例 1
4―アミノ安息香酸4.3gをクロロホルム100ml、ピリジン19gの混液に溶解する。これに、3・4―ジメトキシケイ皮酸クロリド5.4gの乾燥クロロホルム溶液を冷却下に滴下する。混合物を一時間三〇分加熱還流し生成物を減圧下に濃縮する。残留物を水中に注ぎ、塩酸に加えて弱酸性として析出する結晶をロ取しアルコールより再結晶し、4―(3’・4’―ジメトキシシンナモイルアミノ)安息香酸5.6gを得る。融点267〜9℃
元素分析値
C18H17O5Nとして、
計算値 C:66.05%
H:5.24%
N:4.28%
実測値 C:66.00%
H:5.12%
N:4.14%
赤外線吸収スペクトル(KBr)
νCO:1690、1665cm-1
νNH:3320cm-1
核磁気共鳴スペクトル(dδ―DMSO)
δ3.81、3.83(S.S6H、メトキシ水素)
6.87、7.62(q.2H、J=16Hz、オレフイン水素)
7.0〜7.3(m、3H、メトキシ置換芳香環水素)
7.85、7.97(q、4H、J=9Hz、アミノ置換芳香環水素)
10.4(S、1H、カルボン酸水素)
11.5〜12.7(ブロード、1H、アミド水素)
マススペクトル
M+、327
m/e:282、191、163
4―(3’・4’―ジメトキシシンナモイルアミノ)
安息香酸1.5gを150mlのエタノールに加熱溶解し等モル量の水酸化ナトリウムのアルコール水溶液(エタノール2‥水1)を加えると、白色の結晶が析出する。結晶をロ取し減圧下に乾燥し4―(3’・4’―ジメトキシシンナモイルアミノ)安息香酸のナトリウム塩1.0gを得る。融点330℃以上
以下同様にして下記化合物を製造することができる。(別図(Ⅳ)、別表(Ⅴ))実施例 2
実施例1における核置換ケイ皮酸クロリドの代りに相当する核置換ヒドロケイ皮酸クロリドを用いることにより、下記の化合物を製造することができる。(別図(Ⅵ)、別表(Ⅶ))
実施例 3
3・4―ジメトキシケイ皮酸3.1gとトリエチルアミン2.0gとをテトラヒドロフラン50mlに溶解し、氷冷下でかきまぜたのち、クロル炭酸エチル1.7をテトラヒドロフラン10mlに溶かした溶液を滴下し、1時間かきまぜて反応させる。このようにして得た混合酸無水物の溶液に、アントラニル酸2.1gをテトラヒドロフラン50mlに溶かした溶液を滴下し、室温で一夜かきまぜたのち、さらに1.5時間加熱還流させる。次に反応混合物から不溶物をろ去し、ろ液から減圧下に溶媒を留去する。得られた結晶をクロロホルムより再結晶して、N―(3’・4’―ジメトキシシンナモイル)アントラニル酸2.1gを得る。融点211〜213℃。
元素分析値
C18H17O5Nとして、
計算値 C:66.05%
H:5.24%
N:4.28%
実測値 C:65.87%
H:5.10%
N:4.13%
赤外線吸収スペクトル(KBr)
νCO:1685、1650cm-1
核磁気共鳴スペクトル(dδ―DMSO)
δ3.82、3.88(S、S、3H、3H、メトキシ水素)
6.6〜8.8(m.9H、オレフイン水素芳香環水素)
11.27(S、1H、アミド水素)
実施例 4
3・4―ジメトキシケイ皮酸2gとトリエチルアミン1.5gをジメチルホルムアミド20mlに溶かし、この中に氷冷下でかきまぜながら、クロル炭酸エチル1.1gを加え1時間反応させる。このようにして得た混合酸無水物の溶液中に、3―アミノ安息香酸1.5gをジメチルホルムアミド10mlに溶かした溶液を加え、2時間かきまぜる。反応終了後、反応液を減圧下に濃縮し、残留物を希塩酸中に注加する。析出した結晶をろ別し、水洗したのちエタノールより再結晶すれば、3―(3’・4’―ジメトキシシンナモイルアミノ)安息香酸1.5gを得る。融点225〜226℃。
元素分析値
C18H17O5Nとして、
計算値 C:66.05%
H:5.24%
N:4.18%
実測値 C:65.99%
H:5.18%
N:3.87%
赤外線吸収スペクトル(KBr)
νCO:1690、1655cm-1
νNH:3320cm-1
核磁気共鳴スペクトル(dδ―DMSO)
δ3.85、3.87(S、S、3H、3H、メトキシ水素)
6.5〜8.5(m、9H、オレフイン水素芳香環水素)
10.27(S、1H、アミド水素)
実施例 5
3・4―ジメトキシケイ皮酸2gとトリエチルアミン1.5gをテトラヒドロフラン10mlに溶かし、この中へ氷冷下かきまぜながら、クロル炭酸エチル1.1gを滴下し、次いで20分間かきまぜる。このようにして得た混合酸無水物の溶液に4―アミノ安息香酸1.5gをテトラヒドロフラン10mlに溶かした溶液を滴下し、2.5時間かきまぜて反応させる。次に不溶物をろ去し、ろ液から減圧下に溶媒を留去し、残留した黄色油状物質を少量のエタノールに溶かして希塩酸中に注加する。析出する結晶をろ別し、エタノールより再結晶すれば4―(3’・4’―ジメトキシシンナモイルアミノ)安息香酸1.0gを得る。融点267〜269℃。
元素分析値
C18H17O5Nとして、
計算値 C:66.05%
H:5.24%
N:4.28%
実測値 C:66.25%
H:5.36%
N:4.18%
赤外線吸収スペクトル(KBr)
νCO:1690、1665cm-1
νNH:3320cm-1
核磁気共鳴スペクトル(dδ―DMSO)
δ3.81、3.83(S、S、3H、3H、メトキン水素)
6.78、7.62(q、2H、J=16Hzオレフイン水素)
7.0〜7.3(m、3H、メトキシ置換芳香環水素)
7.85〜7.97(q、4H、J=9Hzアミノ置換芳香環水素)
10.4(S、1H、カルボン酸水素)
11.5〜12.7(ブロード、1H、アミド水素)
実施例 6
3・4―ジメトキシケイ皮酸フエニルエステル5gと3―アミノ安息香酸2.4gキシレン50mlに溶解し、16時間加熱還流させる。冷却後析出する結晶をろ別し、エタノールより再結晶すれば3―(3’・4’―ジメトキシシンナモイルアミノ)安息香酸3.8gを得る。融点225〜226℃。
元素分析値
C18H17O5Nとして、
計算値 C:66.05%
H:5.24%
N:4.28%
実測値 C:66.00%
H:5.25%
N:4.04%
赤外線吸収スペクトル(KBr)
νCO:1690、1655cm-1
νNH:3320cm-1
核磁気共鳴スペクトル(dδ―DMSO)
δ3.85、3.87(S、S3H、3H、メトキシ水素)
6.5〜8.5(m、9H、芳香環水素、オレフイン水素)
10.27(S、1H、アミド水素)
実施例 7
3・4―ジメトキシケイ皮酸フエニルエステル1gとアントラニル酸0.48gをエキレン10mlに溶解し、48時間加熱還流させる。冷却後、減圧下に溶媒を留去し、残留物をクロロホルムと酢酸エチルの等量混合物に溶解し、希塩酸次いで水酸エチルの等量化合物に溶解し、希塩酸次いで水で洗浄する。次に無水硫酸マグネシウムで乾燥し、減圧下に溶媒を留去し、残留物にベンゼンを加え結晶化したのち、析出した結晶をろ別する。これをクロロホルム再結晶すればN―(3’・4’―ジメトキシシンナモイルアミノ)アントラニル酸0.4gを得る。融点211〜213℃。
元素分析値
C18H17O5Nとして、
計算値 C:66.05%
H:5.24%
N:4.28%
実測値 C:66.07%
H:5.23%
N: 4.26%
赤外線吸収スペクトル(KBr)
νCO:1650、1685cm-1
核磁気共鳴スペクトル(dδ―DMSO)
δ3.82、3.88(S、S、3H、3H、メトキシ水素)
6.6〜8.8(m、9H、芳香環水素、オレフイン水素)
11.27(S、1H、アミド水素)
実施例 8
3―アミノ安息香酸274mgと3・4―ジメトキシケイ皮酸無水物796mgをピリジン20mlに溶解し、1夜加熱還流させる。反応混合物を減圧下に濃縮し、析出する結晶をろ別し、少量のベンゼンで洗浄したのち、エタノールより再結晶すれば、3―(3’・4’―ジメトキシシンナモイルアミノ)安息香酸591mgを得る。融点225〜226℃。
元素分析値
C18H17O5Nとして、
計算値 C:66.05%
H:5.24%
N:4.28%
実測値 C:66.14%
H:5.26%
N:4.34%
赤外線吸収スペクトル(KBr)
νCO:1690、1655cm-1
νNH:3320cm-1
核磁気共鳴スペクトル(dδ―DMSO)
δ3.85、3.87(S、S、3H、3H、メトキシ水素)
6.5〜8.5(m、9H、オレフイン水素、芳香環水素)
10.27(S、1H、アミド水素)
実施例 9
アントラニル酸0.5gと3・4―ジメトキシケイ皮酸無水物1.48gを、ピリジエン20mlに溶解し、一夜加熱還流させる。反応混合物を減圧下に濃縮し、析出する結晶をろ別し、少量のベンゼンで洗浄後クロロホルムより再結晶すれば、N―(3’・4’―ジメトキシシンナモイル)アントラニル酸538mgを得る。融点211〜213℃。
元素分析値
C18H17O5Nとして、
計算値 C:66.05%
H:5.24%
N:4.28%
実測値 C:66.08%
H:5.21%
N:4.16%
赤外線吸収スペクトル(KBr)
νCO:1685、1650cm-1
νNH:3320cm-1
核磁気共鳴スペクトル(dδ―DMSO)
δ3.82、3.88(S、S、3H、3H、メトキシ水素)
6.6〜8.8(m、9H、芳香環水素、オレフイン水素)
11.27(S、1H、アミド水素)
実施例 10
3・4―ジメトキシケイ皮酸3.0gをピリジン30mlに溶解し、これにベンゼンスルホン酸クロリド2.5gを加え室温で3時間かきまぜる。次いでこの中にアントラニル2.0gのピリジン10ml溶液を滴下し室温で1夜かきまぜる。反応液を減圧下に濃縮し、残留物を氷水中に注ぎ、塩酸を加え酸性とし析出する結晶をろ別する。
これを70%含水アルコール50mlに溶かし、1.2mlの濃塩酸を加え30分加熱還流する。反応液を濃縮し、残留物を氷水中に注ぎ析出する結晶をろ別し、クロロホルムより再結晶し、N―(3’・4’―ジメトキシシンナモイル)アントラニル酸1.0gを得る。融点211〜213℃。
元素分析値
C18H17O5Nとして、
計算値 C:66.05%
H:5.24%
N:4.28%
実測値 C:66.14%
H:5.18%
N:4.32%
赤外線吸収スペクトル(KBr)
νCO:1685、1650cm-1
核磁気共鳴スペクトル(dδ―DMSO)
δ3.82、3.88(S、S、3H、3H、メトキシ水素)
6.6〜8.8(m、9H、オレフイン水素、芳香環水素)
11.27(S、1H、アミド水素)
実施例 11
3・4―ジメトキシケイ皮酸エチルエステル2.5gと3―アミノ安息香酸2.74gを減圧下(15〜20mmHg)に150℃で6時間加熱反応させる。冷却語生成した油状物をクロロホルム、酢酸エチルの等量混合物に溶解し、希塩酸と水で洗浄する。無水硫酸マグネシウムで乾燥後、減圧下で溶媒を留去する。残留物にベンゼンを加え結晶化したのち結晶をろ別し、エタノールより再結晶すれば、3―(3’・4’―ジメトキシシンナモイルアミノ)安息香酸1.2gを得る。融点225〜226℃。
元素分析値
C18H17O5Nとして、
計算値 C:66.05%
H:5.24%
N:4.28%
実測値 C:59.98%
H:5.31%
N:4.26%
赤外線吸収スペクトル(KBr)
νCO:1690、1655cm-1
νNH:3320cm-1
核磁気共鳴スペクトル(dδ―DMSO)
δ3.85、3.87(S、S、3H、3H、メトキシ水素)
6.5〜8.5(m、9H、芳香環水素、オフレイン水素)
10.27(S、1H、アミド水素)
実施例 12
3・4―ジメトキシケイ皮酸2.1gをジメチルホルムアミド100mlに溶かし、これにN―エチル―N’―(3―ジメチルアミノプロピル)カルポジイミド塩酸塩1.9gを加え室温で3時間かきまぜることにより、付加物を形成させる。ついでこれにアントラニル酸1.4gを加え、100℃で1夜かきまぜる。この反応混合物を氷水中に注ぎ塩酸を加えて酸性とし、析出する結晶をろ別する。この結晶を70%含水エタノール30mlに溶かし、濃塩酸1mlを加え30分間加熱還流させる。次にこの反応混合物を濃縮し、残留物を氷水中に注加し、水酸化ナトリウム水溶液を加え塩基性としたのち結晶をろ別する。これをかきまぜながら塩酸水溶液中に加え、生成した結晶をろ取する。この結晶をクロロホルムより再結晶すると、N―(3’・4’―ジメトキシシンナモイル)アントラニル酸0.16gを得る。融点211〜213℃。
元素分析値
C18H17O5Nとして、
計算値 C:66.05%
H:5.24%
N:4.28%
実測値 C:66.13%
H:5.27%
N:4.19%
赤外線吸収スベクトル(KBr)
νCO:1685、1650cm-1
核磁気共鳴スペクトル(dν―DMSO)
δ3.82、3.88(S、S、3H、3H、メトキシ水素)
6.6〜8.8(m、9H、オレフイン水素、芳香環水素)
11.27(S、1H、アミド水素)
実施例 13
3・4―ジメトキシケイ皮酸10.4gとN・N’―ジシクロヘキシルカルボジイミド10.3gをジオキサン150mlに溶解し、室温で一夜かきまぜたのちアントラニル酸6.9gを加え、6時間加熱還流する。冷却後酢酸4mlを加え0.5時間かきまぜる。析出結晶をろ去し、ろ液を減圧下で濃縮し、残留物に酢酸エチルを加え不溶物をろ去する。ろ液を減圧下で濃縮し、残留物を70%含水エタノール170mlに溶解し、これに濃塩酸4mlを加え30分間加熱還流させる。反応液を減圧下で濃縮し、残留物を氷水中に注ぎ、水酸化ナトリウム水溶液を加え塩基性とし、析出結晶をろ取する。これをかきまぜながら、塩酸水溶液中に加え結晶をろ取しこの結晶を2%炭酸カリウム水溶液500mlに溶解し、不溶物をろ去したのち塩酸で酸性とし析出結晶をろ取し、クロロホルムより再結晶するとN―(3’・4’―ジメトキシシンナモイル)アントラニル酸0.92gを得る。融点 211〜213℃。
元素分析値
C18H17O5Nとして、
計算値 C:66.05%
H:5.24%
N:4.28%
実測値 C:65.97%
H:5.19%
N:4.22%
赤外線吸収スペクトル(KBr)
νCO:1685、1650cm-1
核磁気共鳴スペクトル(dδ―DMSO)
ν3.82、3.88(S、S、3H、3H、メトキシ水素)
6.6〜8.8(m、9H、オレフイン水素、芳香環水素)
11.27(S、1H、アミド水素)
参考例
ラットのホモロ―ガス受身皮膚・アナフイラキシー反応
百日ぜき、ジフテリアワクチンに溶解した卵白アルブミンで感作したラット(ウイスター系・体重120〜150g)から得たレアギン抗体を正常ラット(ウイスター系・体重120〜150g)の皮下に注射し感作する。感作48時間後、抗原(卵白アレブミン)とエバンスブルーを静脈内に注入し、注入30分後殺し、抗原抗体反応の結果生じるブルー・スポットを光学的に測定する。
試験薬物は1%炭酸水素ナトリウム水溶液に溶解し、抗原注入2時間前に200ml/kg経口投与し、一方コントロール群として1%炭酸水素ナトリウム溶液を投与する。
試験薬物のホモローガス受身皮膚・アナフイラキシーの抑制効果を下記の式を用いて求めた。
A:コントロール群におけるろ出色素量
B:試験薬物投与群におけるろ出色素量
試験結果を次表に示す。(別表(Ⅷ))
この表から明らかなように、本発明により得られる化合物は、公知の類似化合物に比べ著しく高い抗アレルギーを示す。
別表
(Ⅴ)
No
n
X
Rl
R2
COOH
の位置
融点(℃)
再結晶溶液
1
2
2'―OMe
3’―OMe
H
H
2
198.5~200
含水アルコール
2
2
2'―OMe
3'―OMe
H
H
4
261~263.5
アルコール
3
2
3'―OMe
4’―OMe
H
H
2
211~213
クロロホルム
4
2
3’―OMe
4’―OMe
H
H
3
225~226
アルコール
5
2
2'―OMe
3’―OMe
H
H
3
238~240
アルコール・リグロイン
6
2
3'―OMe
4'―OMe
CH3
H
2
173~175
含水アルコール
7
2
3'―OMe
4'―OMe
CH3
H
3
163~164
含水アルコール
8
2
3’―OMe
4’―OMe
CH3
H
4
241~243
アルコール
9
2
3'―OMe
4'―OMe
H
CH3
2
169~172
含水アルコール
10
2
3'―OMe
4'―OMe
H
CH3
3
203.5~204.5
含水アルコール
11
2
3'―OMe
4'―OMe
H
CH3
4
225.5~227.5
メタノール
12
2
3'―OEt
4’―OEt
H
H
2
185~187
含水アルコール
13
2
3'―OEt
3’ーOEt
H
H
4
253~256
含水アルコール
14
2
4'―OEt
3’―OMe
H
H
2
210.5~212.5
含水アルコール
15
2
4'―OEt
3’―OMe
H
H
3
219~222
含水アルコール
16
2
2'―OMe
5'―OMe
4’―OMe
H
H
2
206~208
含水アルコール
17
2
2'―OMe
4'―OMe
H
H
2
188~191
含水アルコール
18
2
2’―OMe
4’―OMe
H
H
3
247~260
含水アルコール
19
2
2’―OMe
5’―OMe
H
H
2
181~183
含水アルコール
20
2
3'―OMe
4'―O・npr
H
H
2
172~177
クロロホルム
別表
(Ⅶ)
No
n
X
R1
R2
COOH
の位置
融点(℃)
再結晶溶液
1
2
3'―OMe 4'―OMe
H
H
3
176~177
アルコール・ベンゼン
2
2
3'―OMe 4'―OMe
H
H
2
136~137.5
ベンゼン
別表
(Ⅷ)
試験薬物
抑制率%
コントロール
0
N―(シンナモイル)アントラニル酸(市販品)
16.7
3―(シンナモイルアミノ)安息香酸(市販品)
10.0
4―(シンナモイルアミノ)安息香酸(市販品)
7.0
N―(2'・3'―ジメトキシシンナモイル)アントラニル酸
56.8
3―(2'・3'―ジメトキシシンナモイルアミノ)安息香酸
41.1
N―(3'―メトキシー4'―n―プロポキシシンナモイル)アントラニル酸
52.2
N―(3'―メトキシー4'―イソプロポキシシンナモイル)アントラニル酸
47.1
N―(3'・4'―ジメトキシシンナモイル)アントラニル酸
46.1
N―(2'・4'・5'―トリメトキシシンナモイル)アントラニル酸
56.8
N―(3'・4'―ジメトキシヒドロシンナモイル)アントラニル酸
55.4
N―(3'・4'―ジメトキシーβ―メチルシンナモイル)アントラニル酸
66.2
別紙目録<省略>
別紙被告主張方法(白鳥実施法)<省略>
別表A<省略>
別表B<省略>